新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第1部 婚約に至る道

第11話 マヤのお願い


 ユキの家から戻ると、アスカは開口一番、シンジに尋ねた。

「シンジ、アタシと一緒にお風呂に入れなくなって、本当に良かったの?」

「う〜ん、ちょっと残念だけど、理性を保つのって、結構大変なんだ。
だから、少しホッとしているのも事実なんだ。」

「へへっ、それってどういう意味かな?」
アスカはニヤリと笑いながら聞く。

「アスカって、可愛いし…、このままだと、アスカに変なことをしちゃいそうで怖いんだ。
でも、そんなことをして、アスカに嫌われたくないんだ。」
シンジはうつむき加減でそう言った。

(こんな答じゃまずいかな。でも、本当のことだし。)
シンジは心配したが、取り越し苦労だったようだ。

「ふうん、シンジも普通の男の子なんだ…。」

「あっ。いや、その、えっと…。」
シンジは自分の言ったことに気付き、真っ赤になった。

「いいのよ。褒めてくれてありがとう。それに、正直に言ってくれて嬉しいわ。
でも、安心して。最後の一線を超えなければ、シンジのこと、嫌いにならないから。」

「う〜ん、超えない自信がないんだけど。」
(アスカって、物凄く可愛いからね。今まで抑えられたのが奇跡だよ。)

「大丈夫よ。シンジはアタシのことが好きなんでしょ。
だったら、アタシに嫌われるようなことは出来ないわ。
それに、アタシはシンジのこと、信じてるから。」
アスカはそう言うと、にっこりと微笑む。

「そ、そうだよね。
アスカが信じてくれるなら、僕もアスカの信頼に応えるように努力するよ。
だって、アスカのことが大好きだから。」
(そ、そうだよね。アスカは僕のことを信じてくれているんだ。
ああ、僕は自分が恥ずかしいよ。
アスカのような、純真な心が羨ましいよ。)

シンジは、本当に真剣な表情で言った。

「ありがとう、シンジ。」
アスカは再び微笑んだ。

「ピンポーン。」
ちょうどその時、いい雰囲気を壊す音がした。
シンジはちょっと残念そうな顔をして玄関へと向かった。


「あ、マヤさん。おはようございます。」

突然の訪問者はマヤだった。

「シンジ君、急に来ちゃってごめんね。また、お仕事のお願いなの。」

「ええ、いいですよ。どうぞ、上がってください。」

「悪いわね。お休みのところ、お邪魔して。」
そう言いつつ、マヤはリビングへと向かった。

「マヤ、おはよう。」

アスカは、少し機嫌が悪かったが、相手がマヤと知って、機嫌が元に戻ったようだ。

「おはよう、アスカちゃん。昨日はありがとうね。物凄く助かっちゃった。」

「ううん、どういたしまして。あれ位、お茶の子サイサイよ。」
アスカはそう言って胸を張る。

「そう、助かるわ。今日は、悪いけど、これ全部お願いね。」
マヤはそう言うと、書類がたくさん入った紙袋を差し出した。
昨日の書類の優に5倍はありそうだ。

「まさか、これ全部今日中なの?」
アスカの頬がひくついている。

「ううん、出来れば1週間位でやってくれると嬉しいんだけど。」
マヤはひくつくアスカを見て、慌てて答える。

「1週間ね。シンジが手伝ってくれれば、何とかなるかもね。」
書類をぱらぱらと見ながら、アスカが言う。

「本当、ありがとう。お願いね。」
マヤの目は輝いている。
実は、この仕事は、本来は半年位かかるものと思っていたので、マヤにとって、アスカは天使に見えるのだ。

「分かったわ。じゃあ、出来たら連絡するわね。」

「ええ。それと、もう一つアスカちゃんにお願いがあるの。」

「えっ、なあに。」

「実は、アスカちゃんのことを色々な部署で欲しがっているの。
アスカちゃんは可愛いから、広報部が特に欲しがっているの。」

「へえっ。そうなの。」

「でも、私は、うちに欲しいの。
だから、出来たら技術部を希望してくれると嬉しいんだけど。お願いできなないかな。」

「ふうん、面白そうね。
分かったわ。マヤだったら知らない仲でもないし。
正直言って、アタシは理工系が好きだから、丁度いいかもね。
で、何をやるの。」

「アスカちゃんは、エヴァのパイロットだから、その経験を活かして、兵器開発をやって欲しいの。
同じ理由で、エヴァの運用管理もね。
それで、余力があれば、MAGIの運用管理を手伝って欲しいの。」

「そ、それって、半端な仕事量じゃないでしょう。」

「アスカちゃんなら大丈夫よ。出来る範囲で構わないし。」

「まあ、いいわ。
でも、体が言うことを聞くようになるまでは、このままでいたいんだけど。
要は在宅勤務がいいんだけどね。」

「ええ、いいわ。といっても、アスカちゃんが技術部に所属したらの話だけどね。」

「駄目そうなの。」

「ううん、分からないの。碇司令もはっきり言わないし。
私は司令に直訴したんだけど、同じことをしている所があるのかもね。」

「さっき言っていた、広報部?」

「そうね。他にもあるかもしれないの。でも、先輩がいないから、私は物凄く大変なの。
MAGIの運用管理だけでも、気が遠くなるほどの仕事量があるの。」

「じゃあ、人を増やせばいいじゃないですか。」
(冗談じゃないよ。アスカと一緒の時間が減るじゃないか。)

それまで黙って聞いていたシンジが口をはさむ。

「シンジったら、バカね。今のネルフじゃあ、お金が幾らあっても足りない状況なのよ。
新しく人を雇うお金なんて、あるわけ無いじゃない。」
アスカはあきれて言った。

「そうね。アスカちゃんの言う通り、今のネルフはお金が無くて、人員増は難しいの。
だから、今の人員でやるしかないのよ。」

「それに、機密事項を扱う人間は少ない方がいいんでしょ。
元々、アタシ達チルドレンは機密を嫌ほど知っているし、そういう点からも、うってつけなのよね。」

「ふうん、そんなもんなのかなあ。アスカって、良く知っているね。」
シンジはアスカを少し尊敬した。

「そりゃそうよ。機密をスパイにべらべらと得意気に話す誰かさんとは違うもの。」
そう言いながら、アスカはシンジのことを見る。

「うっ。ごめん。」
(ヤバイ。マナの一件だな。)

シンジは反射的に謝った。

「まあまあ。じゃあ、私は今日はこれで失礼するわ。
アスカちゃん、出来たらお願いね。
私を助けると思って。それじゃあね。」
マヤはそう言うと、去って行った。


「さ〜て、どうしようかな。」
マヤが去った後、アスカは呟いた。

「やっぱり、アスカは技術部に行きたいの?」
(ふう。アスカはネルフで働く気らしい。良かった。
これで、アスカの側にいる機会が増えるかもしれない。)

「まあね。マヤ一人じゃ、無理だし、しょうがないでしょ。
まあ、司令が何を考えているのかは分からないけどね。」

「そうか。アスカは忙しくなっちゃうね。」
(アスカが忙しいとあまり会えなくなるかもしれないな。)

「シンジも遊んでないで、ネルフで働いたら。
そうしたら、アタシと一緒の時間が、少しは増えるわよ。
いくら忙しくても、食事の時間位は一緒になれるでしょ。」

「そうだね。僕も考えてみるよ。」
(やった。これなら、アスカの手伝いがしたいと言えば、OKしてくれるかも。
『アタシと一緒の時間が、少しは増えるわよ。』
なんて言うってことは、一緒に働こうって意味だよね、きっと。)

「じゃあ、今日頼まれた仕事は二人でやるのよ。
アタシが先生になって、みっちりとしごくから、覚悟しなさい。」

「ええっ。そんなあ。」
(おっと、アスカの仕事が手伝えるなんて、ラッキー。
これで、ネルフでもアスカと一緒に働けるかもしれないよ。
でも、僕の下心がばれるとまずいから、演技しておこう。)

シンジはがっくりと肩を落とした。
そして、その日から1週間、アスカの厳しいしごきが始まるのだった。


***


その日の夜6時丁度に、ユキはやって来た。
ユキは、アスカとシンジに仕事を続けるように言うと、夕食を作り始めた。
もちろん、3人分である。
お蔭で、二人は7時まで仕事を続けることが出来た。

「夕御飯、出来ましたよ〜。」
ユキの声がすると、シンジとアスカは食卓へ向かった。
そして、3人で和気あいあいと食事をした。
ユキは、アスカのことを、色々と聞いたりせずに、
『惣流さんのお話が、何でもいいから聞きたいな。』
と言ったため、アスカの自慢話が中心になってしまった。

アスカは、1時間かけてガギエルとの戦いの顛末を自慢気に話し、
途中で何度かシンジが『こんなこともあったんだよ。』と口を挟むといった調子だった。
ユキは、アスカの自慢話を嬉しそうに聞いていたため、アスカも上機嫌になった。

食事の後は、シンジは洗い物、アスカとユキはお風呂となった。
ユキは思ったよりも力があり、シンジの力を借りずにアスカを持ち上げて、風呂へと運んで行った。
自宅でお風呂に入ってきたというユキは、アスカの体を洗うと、二人して湯船に浸かり、
女の子同士の話に花を咲かせた。
ファッションの話を中心に、殆ど一方的にアスカがしゃべりまくるのだが、ユキは結構嬉しそうな様子だった。
アスカも良い聞き相手が出来て上機嫌だった。

ユキが風呂を出て、帰る支度が出来た頃には、9時を少し回っていた。
ユキは明日以降も来てくれることを約束し、嬉しそうに帰って行った。
アスカと話したことが、とても楽しかったようだ。
帰り際に、アスカはユキにちょっとした頼みごとをした。

ユキが帰った後、シンジにはアスカのマッサージが待っていた。


「アスカ、どう?気持ちいい?」
シンジの手がアスカの腕をさする。

「うん、シンジ、ありがとう。もうちょっと優しくしてくれるといいな。」

「うん、わかったよ。」

「そう、そこそこ。そこが気持ちいいわ。もっとやって。」

「はいはい。お嬢様。」

「シンジがこんなにマッサージがうまいんだったら、もっと早く頼むんだったな。
あ〜、失敗した。」

「でも、昔のアスカだったら、嫌がったんじゃないかな。」

「そうかもね。でもいいわ。過ぎた事は忘れないと。」

「それでこそ、アスカだよ。アスカは、前向きに生きなきゃ。」

「褒めても、何も出ませんからねえ。ふふっ。」

「出なくてもいいよ。僕に優しくしてくれればね。」

「そうね。朝はからかって、ごめんね。許してね。」

「もう、いいよ。アスカは愛情のこもったキスをしてくれたし。」

「シンジ、まだ愛情はこもってないのよ。わ・か・っ・た?」

「ちぇっ、残念だな。」
シンジは本当に残念そうに言った。

「あったり前でしょ。愛情をこめてほしかったらもっともっとアタシに優しくするのよ。
いい、分かった。」


そんな平和な会話をしながら、30分ほどマッサージを続けた後、二人は横になった。
眠りにつこうとするシンジに対して、アスカが声をかけた。

「ねえ、シンジ、起きてる?」
シンジがアスカの後ろにいることから、アスカからはシンジの顔が見えないため、アスカは小声で言った。

「うん、起きてるよ。」
シンジも小声で答える。

「シンジにお願いがあるんだけど、いいかな。」

「うん、なあに。言ってみて。」

「うん、アタシって、シンジのことを知っているようだけど、
以前のシンジのこととか、結構知らないことが多いでしょ。
シンジもアタシのことを知らないじゃない。
でも、アタシ達って家族でしょ。それじゃあいけないと思うのよ。
だから、アタシ達、もっとお互いのことを話した方がいいと思うの。
シンジはどう思う。」

「そうだね。僕もそう思っていたけど、切り出せなかったんだ。」

「じゃあ、夜のこの時間は、お互いのことを聞き合う時間にしましょう。
じゃあ、早速、アタシから。シンジの小さい時のことを教えて。」

「小さい時のことか。あんまり、いい思い出はないけどね…。」
そう言いつつも、シンジは、アスカに自分の子供時代の事をぽつりぽつりと話し始めた。
公園でお母さんが迎えに来る友達が羨ましかったこと、周りにあるものに当たり散らしたこと、
自分がいらない子だとずっと思っていたこと。
シンジはそんなことを淡々と話しだした。

アスカはそれを聞いて、驚いたような様子だった。
でも、しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
アスカはいつの間にか眠りについていた。


次話に続く

 
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written by red-x
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