新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第2部 ゼーレとの戦い

第27話 炎のアスカ


始業式から3日経って木曜日になったが、シンジは相変わらず厳しい追及を受けていた。

「惣流とどこまでいったんだ?」

「キスまでだよ。僕達、中学生だし。」
シンジはいつものように答えたが、返ってくる反応も同じだった。

「嘘をつけ。」

「一緒に暮らしているのに、そんなことが有る訳無いだろう。」

「キリキリと白状せい。」

「もう、やったんだろ。正直に言えよ。」

「やったかどうかなんて、聞いていないんだ。」

「どの位やってるかを聞いているんだ。」

「週に何回やっているんだ。嘘はつくなよ。」

「惣流さんを妊娠させたんだろ。」

「そうじゃなければ、こんなに急に婚約なんてしないよな。」

「霧島さんと付き合っていた時、惣流さんともそういう仲だったことになるよな。」

「碇って、二股かけていたのか。許せんな。」

「霧島さんも妊娠させたんじゃないのか。」

「うらやましい〜。」

「とんでもない奴だ。」

「お前、正直に言えよな。」

周りの男達の目は、相変わらず血走っていた。
婚約発表から3日も経つのに、言うことは毎回同じである。
学校一の美少女であるアスカと婚約するなんて、許すまじというやっかみなのだが、
かなり根深いものがあるようだ。

トウジとアスカが睨みをきかしていたため、暴力に訴える者はいなかったが、
シンジはいいかげん疲れてきた。しかも、シンジを糾弾する者は次第に増えていくのだ。

皆口々に勝手なことを言ってシンジに詰め寄るので、シンジは本当は逃げ出したかったが、
逃げたところで後を追ってくるのは間違いなく、それならばトウジやアスカのいる教室内の方が
安全だというのがアスカの意見だったので、シンジは止むなく従っていた。

「あなた達、いい加減してよ!」


さすがに、アスカは切れた。シンジが可哀相なこともあるが、
自分のことを根掘り葉掘り聞こうとする、この連中のことが腹に据えかねたのだ。

「わ、わかったよ。」

アスカの怒った顔を見てさすがにまずいと思ったのか、男子生徒達はそそくさと逃げて行った。

「覚えてろよっ!」

シンジに向かって捨てゼリフを吐く者もいたが、シンジはようやく安堵したようだ。

「助かったよ、アスカ。」

「ええ、アタシもそのうちに収まるだろうと思っていたから黙っていたけど、これじゃあねえ。」

アスカは肩をすくめた。あまりにもしつこいからだ。

「でも、アスカが怒ったから、もう来ないと思うけど。ありがとう、アスカ。」

シンジはにっこりとしたが、世の中そう甘くは無かったのだ。


***


お昼休みになってもシンジの周りに人だかりが出来るのを見て、アスカはまたもや頭にきた。

「あなた達、いい加減してっ!」

そう言うなり、物凄い目付きで睨んだのだ。人だかりは、直ぐに消え去った。


「アスカ、ありがとう。助かったよ。」

「良いのよ。その代わり、アタシが困った時は助けてよね。」

アスカはそう言いながらペロッと舌を出した。


「平和だね〜。」

それを見ていたケンスケが、一人呟いた。


***


アスカ達がのんびりとお昼を食べている頃、体育館の裏で、悪巧みをしている連中がいた。
自称、アスカ親衛隊の面々である。

「惣流さんは、碇に騙されているんだ。」

「そうだ、みな、碇が悪いんだ。」

「天誅を下そう。」

「そうだ、そうだ。」

こうして、『碇シンジ、天誅計画』が実行されようとしていた。


***


6時間目の授業中に、シンジの元に1通のメールが届いた。

『折入って、相談して欲しいことがあります。
今日の放課後に、学校近くの公園に来てください。
なお、変な誤解を招きたくないので、惣流さんには内緒にしてください。
2年B組 佐藤ミキ』

(あれ、なんだろうな。)

シンジは頭を捻ったが、そのうちわかるだろうと気に止めなかった。


放課後、シンジの元に一人の少女がやって来た。

「あの、碇君ですか。」

「ええ、そうだけど。」

「私、佐藤と言います。メールの件は、いかがでしょうか。」

「僕じゃなきゃ、駄目なのかな。」

「ええ、霧島さんのことなんです。」

「ええっ。」

「お願いします。きっと来てください。」

そう言うなり、少女は走り去って行った。

「マナか…。」

シンジは、アスカの目を盗んで公園へと向かって行った。


***


「あれ、あの娘は何処かな?」

公園に着いたシンジは、周りを見回した。だが、佐藤という女の子の影も形も見えない。

「しょうがない、帰ろうか。」

シンジがそう言って後ろを振り向いたところ、柄の悪い高校生の集団が視野に入った。
シンジは、何か嫌な予感がして顔を元の方向に戻したところ、これまた柄の悪い高校生の集団が出現していた。

シンジは、携帯電話の緊急ボタンを押して高校生の集団から離れようとしたが、
その集団はシンジの向かう方向へと先回りし、いつの間にかシンジの周りを囲っていた。

身の危険を感じたシンジは、走ってその包囲網を抜けようとしたが、足を引っかけられてしまった。

「いてっ。」

シンジが声を出すと、高校生の集団から一人の男がシンジの前に歩いてきた。

「お前が碇シンジだな。」

「そうですが、何の用ですか。」

「お前が惣流アスカさんを妊娠させたとの噂があるが、本当か?」

「根も葉も無い嘘です。」

「そうか。じゃあ、話は早い。お前は惣流さんと即刻別れるんだ。」

「いきなり、何てことを言うんですか。」
(冗談じゃない。何でアスカと別れなきゃいけないんだ。)

シンジは、怒って言い返した。

「うるさい!いいから別れるんだ。」

「嫌です。」

「何ぃっ!」

男の顔は、それまでの穏やかな表情から、憤怒の顔へと一変した。

「許さんっ!」

男は、いきなりシンジに殴りかかった。

「ううっ!」

シンジは、避ける暇もなく、叩きのめされた。

「お〜いっ、こいつは痛い目を見ないと分からんらしい。やっちまえっ!」

それを合図に、男達が殴り掛かってきた。

「ぎゃああああっ!」
(い、痛いっ!)

シンジは、全身を襲う激痛に悲鳴をあげたが、そんなものには気にもとめずに男達はシンジを殴り続けた。

シンジは、体を襲う激痛に耐えるしかなかった。


***


「シンジっ!」

シンジの意識が薄れかけた頃、公園に着いたアスカが見たのは、血まみれになってなお
殴りつづけられているシンジと、20人ほどの高校生の集団だった。

「止めなさいよっ!」

アスカの叫びに高校生達は、一瞬動きが止まったが、リーダーらしき男の合図で再びシンジを殴り始めた。

「止めてって、言ってるでしょっ!そんなことをしたら、シンジが死んじゃうっ!」

アスカは悲痛な叫びをあげたが、リーダーらしき男がアスカの前に出てきて、
舌なめずりをしながらこう言った。

「止めてもいいけどよ。その代わり、お前さんを好きにさせてもらおうか。」

男の顔には、いやらしい笑いが浮かんでいる。

アスカは拳を強く握りしめ、怒りの感情が暴発しないようにと俯くと、静かな口調で言った。

「これが、最後よ。シンジを離しなさい!今すぐに!」

アスカは、底冷えがするほどの、冷たい声で言った。
だが、男はアスカのことをなめきっていたのか、何も気付かずにせせら笑っていた。

「ほう、じゃあお前さんは、俺様が最初に頂くとするか。」

そう言うと、男はアスカに近付いてきた。
もし、その男が訓練された兵士なら、殺気を感じて動けなくなっていたことだろう。
また、アスカの格闘技の腕を知っていたならば、裸足で逃げ出していただろう。
だが、不幸なことにその男は、どちらでもなかった。

アスカまで後一歩というところまできた時、男は急に宙を舞った。

「バキッ!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

何かが折れる音と男の悲鳴に、高校生達は動きを止めてアスカの方を見た。
そこには、目がつりあがり炎でさえも凍らすほどの冷気を纏った顔に、
歴戦の勇士でさえも身震いするほどの凄まじい殺気と、紅蓮の怒りの炎を纏ったアスカがいた。


***


それから、しばらく経った頃、アスカは、シンジと一緒に加持の車に乗っていた。

「加持さん、助かったわ。」

「まあ、アスカには、借りがあるしな。これ位、お安いご用さ。」

そう言って、加持は車を発進させた。車の中では、シンジが気を失っている。

「あいつらのことは、お願いね。」

アスカは、今では後ろの方に見える公園を見た。公園では、両手両足の骨を折られた高校
生達が、ネルフの車に乗せられて、病院に運び込まれるところだった。


***


しばらくして、シンジはようやく目を覚ました。

「あれっ、ここは?」

だが、アスカの部屋のベッドで寝ていることには、直ぐには気付かなかったようだ。

(あれっ、僕は高校生に殴られて、気を失って、それから…。)

シンジは自分の記憶をたどったが、シンジが目を覚ましたことに気付いた美しき同居人が、大きな声で遮った。

「シンジっ!良かった。大丈夫だったのね。」

「うん、僕はどうしたんだろう。」

「シンジは不良に絡まれて、一杯殴られて、意識を失ったのよ。
アタシ、シンジが死んだかと思って、心配したんだから。
まったく、アタシを守ってくれるなんて大見え切って、大嘘じゃない。」

「ごめん、アスカ。悪かったよ。」

「じゃあ、もう二度とアタシの側から無断で離れないでね。」

「うん。でも、誰が助けてくれたの。」

「えっと、加持さんよ。」

アスカの話では、アスカがかけつけた時にはシンジは既に血まみれになって倒れており、
怒ったアスカが高校生達を相手に戦ったが、多勢に無勢すぐに窮地に陥ったのだが、
そこに颯爽と加持が現れたとのことだった。

アスカは、加持が現れるとこれ幸いと、すたこらさっとシンジを連れて逃げ帰ったというのだ。
そうして、急いで医者を呼んだところ見た目ほど酷い怪我では無く、
しばらく安静にするようにと言われたとのことだった。

「後で加持さんにお礼を言っておきなさいよ。」

「うん、分かった。でも、アスカは、ずっと看病してくれてたの?」

「も、もちろんでしょ。家族だし、フ、フィアンセだもの。」

アスカは、そう言うと、少し紅い顔になった。

「そうか…。ありがとう、アスカ。大好きだよ。」

シンジは、そう言ってアスカの手を握りしめた。

「じゃあ、早く良くなってね。これは、お薬がわりよっ。」

アスカは、言うなり、シンジにキスをした。

「じゃあ、大人しく寝ていなさいよっ!」

アスカは恥ずかしさを隠すためか、大声でわめきながら部屋の外に出て行った。
アスカが部屋の外に出るとミサト達の声がした。

「アスカ、シンちゃんは、目を覚ましたの?」

「うん。」

「良かったじゃない。」

「うん、ありがと。」

「何よ、アスカったら、泣いちゃって。」

「だって、だって、心配だったんだもん。
シンジは血まみれだったのよ。本当に死ぬかと思ったんだから。」

シンジはそんなことを聞きながら、ちょっぴり幸せに浸っていた。

(アスカったら、僕のことを心配して涙まで流してくれたんだ。
酷い目に遭ったけど、アスカに心配してもらって嬉しいや。)


そんなことをのんびりと考えていると、戸が開いて加持が入ってきた。

「あ、加持さん。助けていただいたそうで、ありがとうございます。」

「シンジ君には、いつも葛城が世話になっているからな。気にするなよ。
それよりも、あんまりアスカを心配させちゃ、駄目だぞ。」

「はい、すみません。」

「今は落ち着いているが、血まみれになったシンジ君を見て半狂乱になってしまったんだぞ。」

「えっ、アスカが?」

「ああ、そうだ。信じないのか。」

「だって、アスカは、トウジが死んだかもしれないって時も冷静でしたし、
綾波が死んだかもしれないって時もそうでした。加持さんの時だって…。」

「そうか。ってことは、やったな、シンジ君。
アスカの心をばっちり掴んでいるっていうことじゃないか。」

「そ、そうなるんですか。」

「ああ、そうだ。もう一息で、俺と葛城みたいになるぞ。」

「えっ、それはちょっと…。」

「おっ、言うなあ、シンジ君も。
まっ、それだけ言えるんなら、もう大丈夫ってことかな。
安心したよ。」

「あっ、そうだ。加持さん、僕に殴りかかってきた高校生は、一体…。」

「ああ。いずれ分かると思うから言うが、全員、病院送りにした。
もう、二度とシンジ君の前には現れないだろう。」

「病院送りって?」

「彼らの手足の骨は、全部折っておいたよ。まあ、半年は病院から出て来れないだろう。」

「加持さん、それって、あんまりじゃあ、ありませんか。」

「シンジ君、甘いことを言っては駄目だ。
今、君が動けなくなって、そんな時にゼーレが攻めてきたらどうする?
葛城やアスカが死ぬかもしれないんだ。
そんなこと、許せるかい。俺は絶対に許せない。
彼らは、自分がどれだけ愚かなことをしたのか、身をもって知るべきなんだよ。」

「でも…。」

「シンジ君。君は優しい。だが、優しいことも、時には罪になる。
彼らを野放しにしていたら、他の誰かが犠牲になるかもしれない。
例えば、彼らがアスカや洞木さんを襲うかもしれない。
そうすると、彼女達に、一生消えない傷が残るかもしれないんだ。
それでもいいのかい。」

「良くは、…ないです。」

「いずれ分かる時が来るさ。
まあ、これで、シンジ君や周りの人間にちょっかいをかける人間はいなくなるだろう。
それに、君達のガードも、もっと強化するよ。」

「助けてもらって言うことじゃないとは思いますが、何か、釈然としませんね。」

「アスカの笑顔を取るか、不良どもの自由を取るか、どちらを選ぶんだい?」

「そりゃあ、もちろん、アスカの笑顔を取ります。」

「はははっ。分かっているじゃないか。まっ、アスカを大事にしてやれよ。」

加持はそう言うと、部屋を出て行った。
だが、シンジは何か、割り切れなかった。

(確かに、加持さんの言うことは分かるんだけど。
でも、やっぱり良くないような気がする。
でも、僕の代わりにアスカが襲われたら絶対に嫌だ。
僕がアスカを守ってあげられない以上、偉そうなことは言えないのか。)

シンジは、釈然としないながらも加持の言うことに納得せざるを得なかった。
シンジは、これでまた一歩、大人へと近付いたのかもしれない。



次話に続く               
 
 
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written by red-x
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