新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第2部 ゼーレとの戦い

第32話 決戦!第壱中学校(中編3)


アスカがラブリーエンジェルの前に姿を現す時よりも、1時間半ほど前のことである。

シンジは、アスカに連れられて校舎の外に出た。
そしてしばらく走った後、アスカは急に立ち止まった。

「シンジ、聞いて欲しい歌があるの。何も言わずに聞いてくれる?」

アスカの問いかけに、シンジは疑問を持ちながらも頷いた。
アスカの顔が真剣だったからだ。
シンジが頷いたことを確認したアスカは、シンジに背を向けてゆっくりと歩きながら、静かに歌いだした。

「ママには首を絞められて〜 大人に陰口叩かれて〜 
子供はいじめの雨嵐〜 殴られ蹴られて〜 つねられた〜

あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 生きるの辛い毎日よ〜
必ずいつかは見返すと〜 唇かみしめ〜 耐えたのよ〜

………………………………………………………………… 」

(アスカ。一体何て悲しい歌なんだ。)

歌詞さえ聞かなければノリの良い楽しい曲のようだが、それをアスカはとても悲しく歌っていた。
いくら鈍感なシンジでも分かった。その歌詞は、アスカのこれまでの人生を凝縮したものだったのだ。
歌のあまりに悲しすぎる内容に、シンジはきつく唇をかみしめた。

(アスカ。僕は、アスカのことを誤解していたのか。
アスカはいつも明るかったから気付かなかったけど、小さい頃はいつもいじめられていたのか。
僕は、決して幸せな訳じゃなかったけど、それでも一緒に遊んでくれる友達はいた。
けど、アスカにはそれすらいなかったなんて。)

シンジは、目からいつの間にか涙が溢れてきた。

(そうか。きっと、心ない大人が、アスカの生まれのことを喋ったんだ。
それで、アスカはいじめられたのか。アスカは何も悪くないのに。酷い、酷すぎるよっ!)

シンジは唇を噛んだ。

「…………………………………………………………………

大きくなったら人類の〜 未来を賭けて〜 戦って〜
ママの願いを知ってから〜 生きる支えが〜 出来たのよ〜

あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 寝る間も惜しんで頑張って〜
地獄をもたらす使徒どもと〜 この身を捨てても〜 戦うよ〜 」

(アスカがエヴァにこだわっていたのは、そういう訳だったのか。)

アスカは、ママの願いをかなえるためエヴァに乗って、
人類の未来を賭けて戦うことを生きる支えにして生きてきたのだろう。
シンジは、何故アスカがあれほどエヴァで戦うことにこだわったのか、やっと理由が分かった。

(でも、そんなの悲しすぎるよ。アスカには、他に何も無かったの?綾波みたいに。)

シンジは、悲しく辛かったであろうアスカの幼い頃を想って、涙が止まらなかった。


「いきなり空から落されて〜 気付けば周りは敵だらけ〜
鉛の弾が雨あられ〜 死ぬのは嫌よと〜 戦った〜

あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 どんどん湧き出る敵兵士〜
気付けば体は血まみれよ〜 これは夢よと〜 嘆いたの〜

………………………………………………………………… 」

歌が進むにつれて、アスカの思いとは関係なく傭兵にされて、
戦いを強いられたのだろうことが分かってきた。
それでもアスカは必死に戦って、生き延びてきたのだ。

(アスカは、そんな目にあってきたのに、何で耐えられたんだろう。
僕だったら、絶対に耐えられないよ。)

シンジは、呆然とした。
自分は不幸だと言って拗ねて、何の努力もせずに自分の殻に閉じこもってきたシンジに対して、
アスカは心も体もボロボロになっても、涙さえも我慢して、小さな体で耐えてきた。
そのうえ、いきなり戦場に投げ出されて、考える暇もなく戦ったのだろう。
そんなアスカの戸惑いがひしひしと感じられるような歌だった。

「…………………………………………………………………

ちっちゃな頃から生き地獄〜 12で悪魔と呼ばれたよ〜
敵の中に突っ込んで〜 近寄る者皆〜 切り裂いた〜

あ〜あ アタシの人生真っ暗ね〜 心は荒んでいくばかり〜
良い子になろうとしてたのに〜 どこで歯車〜 狂ったの〜

………………………………………………………………… 」

シンジは、記者会見でのアスカの言葉を思い出していた。
あの後、アスカは演技だと言っていたが、そうでは無かったのだ。
アスカは、幼い頃に母親を失い、厳しい訓練に耐えてきた。
それなのに、周りには誰も味方はいないし、泣きたくても涙を流せない。
夢も希望も無い、それはアスカにとっては、まさに生き地獄だったのだろう。

そして、挙げ句の果てに、戦場にいきなり投げ出され、戦うことを余儀なくされたのだ。
おそらく、それは12歳の頃なのだろうが、アスカにとって、身を切るような辛い想いだったに違いない。

それでもアスカは、泣かない、負けない、くじけない、力の限り戦うと心に誓って、耐え抜いて来たのだ。
何と悲惨な人生だったのだろう。

(アスカは、ただの負けず嫌いじゃなかったんだ。
単にプライドが高いだけだと思っていたけど、そうじゃ無かったんだ。
僕は、アスカのことを何も知らなかったんだ。)

シンジは俯いた。歌に込められていたアスカの強く悲しい決意に、
シンジはアスカのことを全く理解していなかったことを思い知ったのだ。
アスカは、ママの願いをかなえるため、人類の未来を賭けて戦うため、
どんなことをしても生き抜くと誓って戦い抜いたのだろう。

もし、シンジがアスカと同じ目に遭っていたら、
間違いなくいじけて、拗ねて、戦うことから逃げただろう。
14歳のシンジでさえそうなのに、アスカは小学生になる前から、
逃げずに試練に立ち向かってきたのだ。

また、シンジはアスカが何故負けたくないのか、逃げないのか、少しだけ分かったような気がした。
傭兵にとって負けることは死ぬことであり、逃げることは仲間を見捨てることだからだ。
アスカは、人の命を犠牲にしてまで自分が助かろうとは思わなかったのだろう。
自分のことしか考えないシンジにとっては、信じられないことだったが。

(僕は、自分だけのことしか考えていなかった。
アスカやみんなのことなんかちっとも考えずに、何度も逃げたのに。
それなのに、アスカはもっと酷い目に遭って来たのに、決して逃げずに戦ってきたんだ。
それも、自分のことをいじめてきたような人達のために、アスカはっ!)

シンジは、自分が何度も何度も逃げ出したことを悔やんだ。
そして、自分が逃げたとき、アスカの弍号機が敵に首を切られた事を思い出した。
自分が逃げたら、誰かが犠牲になるかもしれないことに、シンジは気付かなかったのだ。

それなのに、アスカはシンジが気付くよりもずっと以前からその事に気付き、
しかも、敵からは決して逃げないということを実践してきたのだ。
シンジは、アスカと比べたら自分が何て器の小さい人間なんだろうと、思い知らされた。

(そうか。こんな僕だったから、アスカに好かれなかったんだね。
こんな仲間なんて、アスカがいた世界ではクズも同然だったんだね。
アスカが加持さんのことを好きだった理由が今になってようやく分かったよ。
加持さんは、絶対に仲間を見捨てなかった。
こんな子供の僕のことだって、聞いてくれた。
マナの時だって、ミサトさんにマナを助けてやれって食ってかかってくれたっけ。)

シンジは、加持の人間としての器の大きさに憧れていた。
だが、アスカも同じか、それ以上の器を持った人間だと分かって、急に不安になった。
果たして、自分はアスカに釣り合う男なのだろうかと。
何でアスカは自分と婚約してくれたのかと。

(僕はそんな男になれるのか。
アスカに釣り合うほどの男になれのか。
やっぱり無理なのかもしれない。
でも、僕がアスカを好きな気持ちは本当だから。
いつかは、きっとアスカや加持さんみたいになってみせる。
そうだ、希望を捨てたら駄目なんだね。
僕は、いつかきっと、アスカにふさわしい男になってみせる。
そうだ、僕も負けない、くじけない、力の限りに戦うしかない。
そして、必ずいつかはアスカの心を掴んでみせる。)

シンジは、いつかきっとアスカと対等に渡り合えるだけの器を持った男になってみせる、
そう決意を新たにし、アスカに振られるかもしれないという不安を振り切った。

そんなシンジの心が伝わったのだろうか。
アスカは最後の歌を終えると、笑って振り向いて言った。

「シンジ、あんたの友達を助けに行くわよ。良いわねっ!」

シンジにとって、アスカの笑顔は、とても眩しかった。

「うん、アスカ、大好きだよ。」

ついつい言ってしまった。



こうして、シンジは敵陣へと突き進んで行った。
戦場を大きく迂回して背後から敵部隊に近付くと、茂みの向こうに人影が見えた。
銃を構えて、何かを撃とうとしていた。

「カヲル君!」

シンジは思わず叫んでいた。
すると、その人影は、こっちの方を振り向いた。
シンジは咄嗟に隠れた。
気がつくとアスカの姿が見えなかったので、辺りを見渡した。
するとしばらくして、アスカの声がした。

「シンジ、ちょっと手伝ってよ。」

アスカは、背中に血まみれのハウレーンを背負っていたのだ。
アスカは、怪我人を助けるのが先だと主張したため、
カヲルは後回しにして、彼女を助けることにした。
シンジは、アスカと二人で肩に担いで運んで行った。

運んだ先は中学校だ。保健室に寝かせて、後のことは電話でマックスやミリアに任せた。
そして、運ぶ途中でカヲルを助けるための作戦を、アスカから色々と聞かされた。

戦場に向かってしばらく進むと、運の良いことにヘリが見えたので、近寄って行った。
電話でヘリを呼び出すと、そのヘリがたった今ラブリーエンジェルを運んできたばかりだと
いうことが分かったため、彼女の運搬を、ヘリに頼むことにした。

こうしてシンジ達は、ラブリーエンジェルやジャッジマンと合流することになったのだ。


***


「お久しぶり!みんなしぶといねっ。まだくたばってなかったのかい。」

レッドことアスカは、唇に笑みを浮かべていた。

「はん、アタシ達が簡単にくたばるものかい。ゴキブリよりも生命力は強いのさっ。」

「やっぱり、レッドなんだね。」

「やっぱり、あんたがいなきゃ、ラブリーエンジェルじゃないよ。」

「あんたがいれば、百人力さ。」

「良く言うよ。レッドが来るって聞くまでは、遺書を書くなんて言ってた奴がよ。」

「ちょっと、それは言わない約束よ。」

「だれが約束したのさっ。」

急にその場が賑やかになった。

「おっと、お喋りはここまでっ!
アタシが来たからには、敵に好き勝手はさせないよっ!いいねっ!」

「おい、ちょっと待て。お前は誰だ。」

それまで黙っていたジャッジマンが、割り込んできた。
声は荒く、どうやら怒っているようだ。
ジャッジマンはアスカを睨み付けた。
目と口しか出していないマスクのせいで、アスカだとは分からないようだ。
もちろん、アスカがわざと声色を変えているせいもあるが。

「アタシは、ワイルドウルフの紅い狼さ。これから、黒竜部隊と戦うのさ。
アンタは、こいつを守ってるんだ。分かったかい?」

「何だ、こいつは!」

「そいつは、碇シンジさ。質問は無し!これから10分後に作戦開始!良いねっ!」

「何だとっ!」

「はん!ここは、アタシらに任せるんだよ!あんな奴ら、直ぐに蹴散らしてやるさ。」

アスカはそう言って、ブルー達を引き連れて行った。

(僕も行かなくちゃ。)

シンジも駆け出したため、止むなくジャッジマンも後を追う破目になった。


***


「おい、レッドウルフ!あと2分で撤収だぞ!」

「ああ、分かっている。でも、このまま逃げるのは、しゃくじゃないか。」

レッドウルフ達レッドアタッカーズは、必死に黒竜部隊の足止めをしていた。
だが、敵にはどのような武器も通じなかったため、大した足止めにはならなかった。

「しかし、一体誰がくい止めるんだ。」

レッドウルフが呟いた時、ラブリーエンジェルが到着した。
この時レッドウルフは、9人の兵士達がやって来るのが見えた。
そのうちの一人が、立ち去るようにと身振りで合図を送ってきたため、
レッドウルフは止むなく撤収した。


***


「おい、どこに行くんだ。」

後ろを走るジャッジマンが聞いてきた。

「友達を助けに行くんです。」

シンジは律儀に答えた。シンジは、アスカに言われたルートをたどっている。
今進んでいるルートが最もカヲルと出会う可能性が高いらしいのだ。

「居たっ!」

10分ほど走ると、目の紅い少年が立っていた。
その少年は、シンジめがけて自動小銃を乱射してきた。

「危ない!」

ジャッジマンがシンジを咄嗟に突き飛ばす。
と、それまでシンジが居た空間に銃弾が雨あられと撃ち込まれる。

「カヲル君!僕だよ!碇シンジだよ!思い出してっ!」

その瞬間、カヲルの動きが止まった。

「イカリシンジ…。ナツカシイナマエノヨウナキガスル。」

カヲルは呟いた。

(良かった。僕のことを覚えていてくれたんだ。)

「カヲル君!僕だよ!碇シンジだよ!お願いだよ、もう、戦わないでっ!」

「イカリシンジ…。」

「カヲル君!僕だよ!碇シンジだよ!
綾波から聞いたよ!カヲル君が記憶を失っているかもしれないって!」

「アヤナミ…。イカリシンジ…。ウッ!」

カヲルは頭を抱えて、苦しそうな顔をした。

「カヲル君!大丈夫!」

シンジは、カヲルの側に駆け寄った。

「カヲル君!カヲル君!カヲル君!」

シンジは、カヲルの顔を覗き込んだ。そして、カヲルの手を掴んだ。
すると、カヲルの顔が徐々に穏やかなものに変わっていった。

「君は、シンジ君…。僕は、一体…。」

「良かった!記憶が戻ったんだね!」

シンジは、泣きながらカヲルを抱きしめた。

「シンジ君…。そうか、僕は帰ってきたのか…。」

こうして、カヲルは正気を取り戻した。


「おい、もう大丈夫なのか?」

しばらくしたら、ジャッジマンが恐る恐る近付いてきた。

「ええ、もう大丈夫です。おそらく、ゼーレに洗脳されていただけですから。」

「まあ、いいけどな。他の奴らはどうなっているんだ。」

「ラブリーエンジェルが倒すそうです。」

「だが、どうやって倒すんだ。」

「ええ、何でも、アンチATフィールド発生装置があるという話です。
それで、相手に攻撃が伝わるようにするんです。あ、でも、これは秘密にしてくださいね。」

「ああ、分かったよ。そうか、うまくいくといいな。
だが、お前も勇気があるな。見直したぜ。」

ジャッジマンの言葉に、シンジは笑顔で応えた。

(アスカ、僕はやったよ。アスカも頑張って。絶対に死なないでっ!)

シンジは、アスカの無事を祈った。



次話に続く
 
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あとがき


 今までのシンジは、逃げてばかりで、自分から進んで何かをしようとはしませんでした。
例外は、エッチなこととアスカの気を引くことだけ。
そんな自分の欠点をシンジは今日を機会に徐々に気付くようになります。
 でも、やっぱりシンジはまだ中学生。
思ったことを実行に移せるかというと、必ずしもそうではありません。
しばらくは、3歩歩いて2歩下がるような状況が続くでしょう。


 
 written by red-x
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