新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第2部 ゼーレとの戦い

第36話 ニブチン


(アスカに何て言って切り出そうか。)

シンジは迷っていた。ケンスケの言葉が気になっていたからだ。
アスカが自分のことを本当に好きなのか、違うのか、どうしても知りたくなってしまったのだ。

ケンスケは、アスカとシンジの間に何があったのかは知らない。
だから、勘違いしている可能性もある。
だが、ケンスケの言うことが本当なら、望みはある。
いくらなんでも、嫌いな男のために、怒り狂って同級生を叩きのめそうとする筈が無いこと位は、
シンジにも分かったからだ。

そんな迷いを持つシンジの気持ちを知らずに、アスカから声をかけてきた。

「さあて、シンジ。私達も寝ましょう。」

ヒカリの誕生会の後、アスカは、シンジの部屋に来ていた。
実は、アスカの部屋とシンジの部屋は、奥の方で繋がっていて、
ドアを開けると自由に行き来が出来るのである。
アスカとシンジの部屋に鍵をかけておけば、
二人が夜一緒に寝ていることが誰にも分からないという訳である。

「うん、でもちょっと話したいことがあるんだ。」

シンジは迷いながらも、心を決めて言ってみた。

「うん、いいけど、横になってからでもいいでしょ。」

「うん、いいよ。」

こうして二人は横になって向かい合った。

「で、何よ、話って。」

「うん、実は、アスカにどうしても聞きたいことがあったんだ。」

「ふうん、なあに。」

「僕の誤解だったらごめん。
実は、アスカは以前は僕のことを嫌いだったんじゃないかって思うんだ。
それが何でこうなったのか、疑問に思うと、いても立ってもいられないんだ。
だから、その辺の話しを聞きたくて…。」

「なによ、今更。そんなこと話してもしょうがないじゃない。」

少しアスカの顔が不機嫌になったが、シンジは続けて言った。

「うん、でも凄く気になるんだ。
僕はアスカが好きだけど、アスカが僕のことを嫌いになったらどうしようって、不安になるんだ。
もし、理由があるなら、それを直したいんだ。」

「そう…。でも、直らなかったらどうするの。」

「ううん、絶対に直してみせる。」

シンジは拳を強く握りしめた。

「そう、じゃあ話すわ。
まあ、アタシももやもやとした気持ちだったから、間違いないとは言えないけど、
『多分こういう理由でシンジに対してイラついていた。』なんて位のことは言えると思うわ。」

「やっぱり。じゃあ、ズバリ言ってよ。」

「そうね、シンジは鈍いから…。それが理由だと思うわ。」

「アスカ…。それじゃあ抽象的で、良く分からないよ。」

「そう…。はっきりと言われたいのね。じゃあ、ちょっと長くなるけどいいわね。」

「うん。」

「シンジもアタシに父親がいないことは知っているわね。」

「うん。」

「アタシ、小さい頃は良くいじめられていたの。父親がいないからって。
そんな時、あるテレビで、アタシみたいな父親の顔を知らない主人公が活躍する番組があって、
アタシはそれを気に入ってて、良く見ていたのよ。」

「うん、それで。」

「でね、その主人公の父親は、人類全体のための戦いに身を投じていたの。
だから、幼い主人公と妻を捨てて、敵の組織に潜入したのよ。
主人公はそんなことは知らないから、小さい頃はいじめられても、何も言い返せなかったの。
お前の父親はお前を捨てたんだって言われても…。」

「ひどい話しだね。」

「その父親は、戦闘機のパイロットで、自分が父親であることを隠して何度も主人公を助けるのよ。
格好良かったわ。その父親は、いつも赤い戦闘機に乗って、赤い服を着ていたの。
アタシが赤が好きなのは、それが理由かもしれないわね。」

「そうなんだ。」

「その父親は、最後は主人公の命を助ける為に、
大勢の人命を救うために、自分の身を犠牲にするのよ。
だから、幼いアタシは思ったわ。アタシの父親も同じだったらいいなって。
シンジ、ここまで聞いて、何か思うことは無いかしら。」

「ううん、なんだろう。」

「アンタの父親は、外見は悪いけど、それこそ人類のために戦っているわよね。
もし、アタシだったら、碇司令が父親って分かったら、涙を流して喜ぶと思うのよ。
だって、そうでしょ。自分の父親が、人類を守る為の組織のトップだなんて、
少なくてもアタシにとっては、こんなに嬉しいことは無いわ。
自慢出来るとまでは言えないかもしれないけど、あの人が父親だって、胸を張って言えるじゃない。
なのに、アンタはどうだった。『あんな父親』呼ばわりして。
組織のトップに立つ者の苦労を知らないで、言いたい放題だったじゃない。」

「でも、それがどう関係するの。」

「まだ分からないの、アンタは。
そうねえ、他人が食べたくても食べられないごちそうを目の前にして、
『こんな不味いもの食べられないよっ。』って言っているようなものなのよ。
分かる、そんな不味いものですら、食べられない人が大勢いるのよ。
それを聞いたら、食べたくても食べられない人は惨めに思うしかないじゃない。
アンタは、アタシが欲しくて欲しくてたまらなかったものを易々と手に入れながら、
『こんなの要らないよっ。』って言っていたのよ。
今となっては、シンジの気持ちも分かる。
けどね、理屈じゃ割り切れないことなのよ。」

「そ、そんなあ。」

「こう考えて。
格好良い男がいて、アタシがその男のことが好きで虜になったとするじゃない。
シンジがアタシのことを心底愛しているのに、アタシはシンジじゃない男を選ぶの。
アタシが身も心もその男に捧げたと思ってね。
その男が、『あの女は、うざって〜からいらね〜よ。』って言っているのを聞いたらどう思うの。」

「そ、それは…。」
(そ、そんなこと、考えるだけでも嫌だ…。)
シンジの顔は青ざめた。

「ねっ、嫌でしょ。その男が悪いんじゃないって分かっていても、嫌でしょ。
だったら、アタシの気持ちも少しは分かってよ。」

「で、でも…。」

「じゃあ、もっと別の言い方にするわ。
シンジはテストで90点を取ったのに、
『90点しか取れなかった。僕って馬鹿だ、最低だ。』って言ってるのよ。
アンタは自分のことしか言っていないと思うかも知れないけど、そうじゃないわ。
そのテストで50点や30点しか取れなかった人は、
アンタの言うことを聞いて、どう受け止めると思うの?
アンタは、自分のことだけを責めていると思っているようだけど、
実際は他の人を思いっきり馬鹿にしているのよ。
他の人を思いっきり傷つけているのよ。
それが分からないの?
しかも、悪気がないから、始末が悪いわ。」

「アスカ…。」

「アタシは何度も注意したわよね。
自分を責める癖を直すようにって。
本当は人を馬鹿にするのもいい加減にしろって言いたかったのよ。
でも、アンタは分かってくれなかった。
そして自分を責めたわ。
でも、同時にアタシや他人のことを思いっきり責めて、思いっきり馬鹿にしていたのよ。」

「そうか…。僕は、そんなに酷いことを言っていたのか。」

「シンジ、体の傷は見えるから、普通の人ならやり過ぎて大怪我をさせることは無いわ。
でもね、心の傷は見えないから、いくらでも傷つけてしまうのよ。
婚約披露パーティーの時もそうなったかもしれないのよ。
もし、あの時アタシが大きな指輪をしていったら、
ミサトは恥ずかしくて、指輪を人に見せられなかったわ。
シンジはそんなことも分からなかったでしょ。」

「そうだね…。アスカの言う通りだ。」

「まあ、それは置いといて、前の話しをすると、
アタシだって、シンジが弱いけど優しい奴だって分かっていたわ。
だから、我慢していたの。
シンジは弱いから、守ってあげないとしょうがないんだって、自分に言い聞かせていたのよ。
まあ、言ってみれば、目下の者に対しては寛大な気持ちになろうっていう奴ね。
良いか悪いかは別にして、最初のうちはそうやってシンジに対する怒りを抑えていたのよ。」

「そうか。でも、僕のシンクロ率がアスカを抜いてしまった。」

「そう。それからは、シンジに対する怒りを抑える術が無くなってしまったの。
せめて、シンジが人類のために、自分の身を捨てて戦うような奴だったら我慢出来たと思うの。
でも、シンジは戦えるのに逃げ出したじゃない。」

「そうだね…。あれは…、反省している。」

「それに、シンジは『何故戦わない。』とか『お前が死ぬぞ。』って言われても、
『人を殺すよりは良い。』って言ったでしょ。
あれって、アタシの人生を思いっきり否定する言葉だったのよ。」

そう言いながら、アスカの目にはいつしか涙がたまっていた。
だが、アスカは気付かないのか、続けて言った。

「アタシは、エヴァに乗って戦うために、大勢の人の命を奪ってきたわ。
ママの願いをかなえるため、人類の未来を切り開くために、血の涙を流して戦ってきたわ。
それをアンタは否定したのよ、思いっきりね。
自分の信じてきたものを否定された時の気持ちって分かる?
まるで、魂をごっそりと抉り取られるような気がしたわ。
アタシにとって、この身を切り裂かれるよりも、ずっとずっと辛いことだったのよ。」

アスカの両目からは涙が止めどなく流れていった。

「シンジが嫌な奴だったら良かったのに。
そうすれば、心の底から憎めたのに。
でもね、多分その時既に、アタシはシンジのことを仲間だと認め始めていたのよ。
敵に罵られるならまだ分かるわ。
でも、味方に、アンタみたいに優しい奴に責められるなんて、アタシは一体どうしたら良いのよ。
敵に罵られるよりも、味方に罵られる方が辛いのよ。
分かってるわ、シンジがアタシを責める気持ちが無かったっていうことは。
でも、シンジの言葉は、確実にアタシのことを責めていたのよ。
そして、アタシの心を何度も何度も切り裂いていったのよ。」

アスカは、いったん言葉を止め、少しの間沈黙したが、再び続けて話し出した。。

「アタシも、シンジに自分の過去を話していなかったから、
しょうがないと言えばしょうがないんだけど、でも、
アタシは自分の過去を誰にも知られたくなかった。
思い出したくもなかった。思い出すのもおぞましい過去だもの。
だから、話すことが出来なかったのよ。
それは何となく分かってくれるわよね。」

「アスカ…。本当にごめん。謝って済むことじゃないとは思う。
でも、今の僕には謝る以外、どうしたら分からないんだ。」

シンジは、アスカの歌を思い出していた。
歌に込められていたアスカの想いは生半可なものではないことは、鈍いシンジでも分かるほどだった。

「じゃあ、約束して。意味も無く自分を責めないで。
どうしても責めたいと思っても、決して口には出さないで。
それを言ったら、誰かが傷つくかもしれないっていうことを良く考えてから言って。
それにアタシの言うことは絶対に守って。
こう言うと生意気かもしれないけど、こういう点に関しては、アタシの方がシンジよりも分かると思うの。
だから、アタシの言うことは絶対に聞いて。
例え理由を言わなくてもね。
アタシだって、理由を言えない時もあるの。あの指輪の時がそう。
シンジに言えなくて、嘘ついちゃったけどね。」

「そうか。アスカには気を使わせてばかりだったんだね。
ごめん、僕って本当にバカだよね。
鈍くて、思いやりが無くて、どうしようも無い男だ。」

「ほら、言ってるそばから、そんなことを言う。それが駄目なのよ。」

「あ…。」

「でも、良くなろうと思う心があるうちは良いわ。
そういう心を失った人はもう駄目なのよ。
シンジはそうじゃないでしょ。」

「うん、良く分かったよ。これからも迷惑をかけると思うけど、僕を見捨てないでね。」

「アタシを裏切らなければね。アタシは、裏切りは絶対に許さないから。」

「うん、分かったよ。でも、アスカは僕のことをいつになったら許してくれるの。」

「もう、シンジったら、本当に鈍いのね。
アタシはシンジのことが嫌いなんじゃないの。
許さないんじゃないの。
ただ、理屈じゃ割り切れない、もやもやとした気持ちがあるっていうことなのよ。
だから、これ以上アタシのことを責めないで欲しいの。
今までは何も知らなかったからしょうがなかったけれど、これからはもう違うでしょ。
アタシの心の中の想いを全て打ち明けたんだから。
それが何を意味するのか、よ〜く考えてよ。」

「え〜っ、分からないよ。」

「も〜っ、信じらんない。この、ニブチン!」

アスカはシンジに背を向けた。

「分かったよ。とにかく、アスカの言うことを聞くよ。今はそれで勘弁してよ。」

「そうね、アンタみたいなニブチンには、それが限界のようね。それで勘弁してあげる。」

「そうか、ありがとうアスカ。こんな僕だけど、見捨てないでね。
アスカのことを思う気持ちだけは、誰にも負けないから。
それだけは信じて欲しいんだ。アスカ、大好きだよ。」

シンジはそう言って、アスカを背中から抱きしめた。

「シンジ、今日は変なことはしないでね。
今日は、何か変なことをしたら、裏切り行為とみなすから。
胸を揉むのも駄目。下着の中に手を入れるのも駄目。分かったわね。」

「う、うん、分かったよ。」
シンジは冷や汗をかいた。
いつも自分が何をやっているのか、見透かされているような気持ちになったのだ。

「じゃあ、お休み。」

「うん、お休みなさい。」

こうして、シンジはアスカは胸の内のつかえを聞き出した。

(そうか…。僕は、知らないうちに他人を、アスカを、強く傷つけていたんだ。
何てことだ。人を傷つけないようにと思っていたのに、僕は全然分かっていなかったなんて。
アスカの機嫌が悪かったのは、僕に原因があったのか。
でも、今までそんなこと、誰も教えてくれなかった。)

シンジは暗い気持ちになった。

(でも、アスカは僕のことが嫌いじゃないって言ってくれた。
何度も何度もアスカを傷つけた僕のことを。
だから、今はアスカの言うことを信じてみよう。
それでも駄目だったら、その時はその時さ。)

シンジは、自分が前向きな考えをしていることに気付き、驚いた。

(これも、アスカのお蔭なのか。
やっぱり、アスカと一緒にいると元気が出る。勇気も湧いて来る。
アスカは、やっぱりそういう力がある人間なんだ。本当に凄いや。
でも、そんなアスカに、僕は必要とされているんだ。やっぱり、それも凄いことだよね。
ようし、これからはもっと頑張って、少しでも前向きに考えて、
いつかきっとお情けじゃなくて、本当にアスカの気持ちをゲットしてみせる。)

シンジはそう固く誓った。

(でも、今日は変なことはしちゃいけないんだよね。
でも、手を握る位なら、許してくれるよね、きっと。)

そう考えて、シンジはアスカの手を握り、指と指を絡めた。
これに対して、アスカからの反応は特に無かった。
このためシンジは安心したが、ふと疑問が浮かんできた為、アスカに尋ねてみた。

「アスカ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」

「うん、なによ。」

「アスカは、行方不明になったり、心を壊したりしたよね。
あれって、やっぱり僕のせいなのかな。」

「何でそんなことを聞くの?」

「前にある人から聞いたんだけど、アスカのシンクロ率が落ちたのは、
自分の敗北を僕に負けたと受けとめているからなんだって。
それが原因で、後で心を壊したんだって。
でも、僕はそれだけでアスカの心が壊れるなんて信じられないんだ。」

アスカはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。

「そう…。今のシンジなら信じてくれそうね。
シンクロ率が落ちたのは、さっきも言ったように、鈴原の事件の時に、
シンジが『人を殺すよりは良い。』って言ったことも原因の一つだと思う。
でも、心を壊したのは、おそらく使徒の精神攻撃のせいね。
アタシの心は、そんなにヤワじゃないわ。」

「そうか。僕のせいじゃないって知って、安心したよ。
実は、僕はそのせいでアスカに嫌われているって思い込んでいたから。」

「はん、このアタシがシンクロ率を抜かれた位で嫌う訳がないでしょ。
バッカじゃない、常識で考えなさいよ。
確かに、面白くなかったのも事実だけどね。
誰に吹き込まれたのか知らないけど、そんなこと忘れなさいよ。絶対に嘘だから。」

「うん、分かったよ。良かった、このことは、僕の心の中でずっと引っかかっていたんだ。
だから、アスカが『シンジの恋人になってもいいわよ。』って言った時、
直ぐに信じることが出来なかったんだ。」

「そう…。アタシはシンジに嫌われているのかと思っていたしね。
お互い様だったのね。でも、良かったじゃない。
お互いに相手のことが嫌いじゃなかったって分かったんだから。
ねっ、そうでしょ。」

「うん、そうだね。」

「じゃあ、今度こそお休み。」

「うん、アスカ、お休み。」

こうして、シンジの心の引っ掛かりが取れたため、シンジは良く眠ることが出来た。



次話に続く   
 
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あとがき

 とうとう、アスカはシンジに自分の胸の内を明かします。シンジもいつの日か、アスカ
の想いが分かる日が来るでしょう。その時こそ、二人が真に心から結ばれることでしょう。

 
 written by red-x
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