新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第3部 ゼーレとの戦い−激闘編−

第44話 ウイルス、アタック(前編)


「アスカは、やっぱり何かを一所懸命にやっている時が、一番良い顔をしているね。」

シンジは、懸命に作業をしているアスカを見て呟いた。
今のアスカは、キーボードを一心不乱に叩いている。
シンジにはそれがとても良い顔をしているように見えるのだ。

「そうだよね、これはアスカの立てた作戦なんだから。頑張って当たり前だよね。
僕もアスカのために頑張らなくちゃ。今は、せめて作戦の進み具合でも見ておかなくちゃ。」

シンジは、そう言いながら、発令所が映っている画面を見た。
現在の作戦の進行状況を見るためである。

***

「ホームページへのアクセスが、18:00から、3億アクセスを超えましたっ!」

「メールも、1億通を超えていますっ!」

19:00になった頃、発令所の新入りのオペレーター達が驚きの声を上げる。
それを見ていたリツコは、頃合いと見て、マヤに指示を下した。

「マヤ、19:30になったら、例のウイルスAをばら蒔くわよ。」

「はい、先輩。準備は出来ています。」

そう、今回の作戦の第一段階は、特殊なウイルスをばら蒔くことだった。


実は、これには伏線があった。
3月2日からネルフのホームページにお知らせが載った。
それは、アスカの水着姿の写真データ10枚分と、
アスカの下着姿の写真データ1枚分が3月11日から期間限定で提供されるというものだった。
詳細は、当日の18:00から公開されるというのだ。

映画発売後、アスカは何回かテレビに出演し、本人の意に沿わない清楚で可愛らしい娘を演じた。
だが、これが大当たりだった。アスカの可愛らしさに、全世界の男共が夢中になったのだ。

写真のアスカも十分綺麗で可愛いのだが、やはりアスカの魅力はその明るさにある。
静かに微笑みながらも明るく輝いているアスカ、時折地が出そうになり誤魔化そうとして舌を出す可愛いアスカ、
質問にテキパキと答えていく利発そうなアスカと、くるくる変わっていく表情も、アスカの魅力を増していく。

清楚さ、明るさ、可愛らしさを併せ持ち、しかも誰が見ても美しい素顔にほんのりと化粧をしたアスカは、
さらに美しく可憐であった。このため、アスカの人気は止まることを知らず、
それに伴いネルフのホームページへのアクセスは、天文学的な数字となっていた。
無論、アスカへのメールも凄まじい数になったのである。

そのアスカの水着姿の写真データと、あろうことか下着姿の写真データが手に入るということで、
世の男共は、こぞってネルフのホームページに殺到したのである。

もちろん、男だけではない。
友人や恋人に頼まれて止むなくアスカの写真データを得ようとする女性や、
アスカに憧れる女性も少なからずいたのである。

こうして、ネルフのホームページに対するアクセスは、物凄い数になっていたが、
アスカの写真データを手に入れるのは楽ではなかった。

アクセスが多いことから、速度制限をしたため、写真データのダウンロードに1時間近くもかかるのだ。
だが、大多数の者は、それにも係わらず根気よくネットに接続してダウンロードに挑戦した。
だが、それが罠だったのだ。

1時間もかけてダウンロードすると、次に
『他の写真データもあります。ダウンロードしますか?いいえを選ばなければ、自動的にダウンロードされます。』
という表示が出るのだ。無論、誰もが何もせずに、さらにダウンロードを続けていく。
こうして、結局は長時間ネットに接続する破目になるのだ。

これだけ長いと、普通の人はパソコンから離れて何かしたり、又はパソコンゲームをやったりして、
時間をつぶすだけでは足りなくなる。そこで、一晩パソコンを放置しておけば自動的にダウンロードされるので、
そのままにしておこうと思うのが普通であろう。

そこが今回の作戦の狙いだった。
後で分かったことだが、最大で10億台を超えるパソコンが同時にネルフのホームページにアクセスしていたのだが、
それらのパソコンを実質的に乗っ取って使ってしまおうというのが、今回の作戦のポイントだったのだ。

そのために、19:30をもって特殊なウイルスがばら蒔かれ、アクセスしてきたパソコンに巣くっていく。
そうして、世界中のパソコンが次々とMAGIの支配下に入っていくのだ。

なお、アスカは念には念を入れていた。
写真データに透かし番号をランダムに入れて、後で抽選し、
当たった者には生写真をプレゼントすることにしたのだ。
このため、アスカの写真データをコピーして手に入れようとする者は大幅に減り、
ネットに接続する者が増えたのだった。
おそらく、1人で何台かのパソコンを駆使した者も多かっただろう。

また、日本国内においては、政府や関係企業に依頼して、
なるべく多くのパソコンの電源を入れておくように手配したのだ。
無論、ネットに接続しているものであるが。

そして、20:00には、第2段階に入ろうとしていた。

***

「あれっ、何かおかしいぞ。」

「おい、どうしたんだ。」

「うん、何故か、コンピュータの調子がいつもと違うんだ。」

「と言うと?」

「何となく、いつもよりも処理速度が落ちているようなんだ。」

「なんだ、そんなことでいちいち騒ぐなよ。」

「うん、でも気になるんだが。」

「そんな下らないことで考え込んでいると、ボスにどやされるぞ。」

「げっ、そりゃあまずい。」

「だろ。いいから、仕事、仕事。」

スイス銀行のとあるオフィスで、このような会話が交わされていた。
だが、実はこのような会話は、世界各地で行われていたのである。

処理速度が遅くなったのは、ウイルスの侵入を許してしまい、
ウイルスの活動にコンピュータの処理能力が一部振り分けられたためであったのだ。

***

20:00になった頃、発令所は急に慌ただしくなった。

「スーパーコンピュータ『ランス』、ネットに接続します。」

「ネットへの接続を確認しました。」

「あと10秒で、ウイルスBをばら蒔きます。
カウントten…、nine…、eight…、seven…、six…、five…、four…、three…、two…、one…、zero…、GO!」

「ウイルスBをネット内に放ちました。」

「ウイルスBがネット中のパソコンに食い込んでいきます。」

「MAGIからランスへと支配権を移行します。」

「攻撃目標は約100万か所。約5%の目標を落しました。」

「攻撃目標から、データ送信が始まりました。」

「ランスにデータが集まります。MAGIへデータ処理の20%を移します。」


オペレーター達がせわしなくキーボードを叩きながら状況を逐一報告していく。
事情を知らない者が見ると、何が起きているのか全く分からないが、こういうことである。

最初に救世主アスカのディスクにウイルスXを密かに入れておき、
パソコンがディスクを読み取った時にパソコン内に侵入するようにしておく。
それも、誰も気付かないように、ひっそりと。

それをウイルスAによって、ウイルスXのプログラムを改変し、
パソコンをリモートコントロール可能な状態にする。

そして、ウイルスBにより、さらにウイルスXのプログラムを改変し、
ランスの命令に従って、狙ったコンピュータをハッキングするのだ。

今回の作戦は、目標数が非常に多い。だから、MAGI単体又はランス単体ではあまりに荷が重かった。
いくら優秀なコンピュータでも、同時に100万か所をハッキングするのは、あまりに困難だったのだ。

そこで、アスカが考え出したのが、今回の作戦である。
ちゃっかりと世界中のパソコンを利用して、目標のコンピュータをハッキングしていくのだ。
しかも、ハッキングルートが膨大な数で攻撃者が多いため、ハッキングを受ける側にしても、防御が困難なのだ。

また、運の良いことに、救世主アスカを職場や学校のパソコンを使って見た者が結構多かったらしい。
今回の攻撃に先立って、ウイルスXは気付かれないように、密かに目標のコンピュータのうち、
5割以上に事前に潜入することが出来たらしいのだ。

ウイルスXが事前に潜入していると、ハッキングを受けていることが分かりにくくなるのだ。
その上、そのようなハッキングしやすいコンピュータを優先的に攻撃していくのだ。

目標を簡単にハッキング出来ると、攻撃目標は徐々に減っていき、
残りの目標に対して、より多くの攻撃が集中出来る。
攻撃が集中すると、落すのが楽になる。
そうして、次々と攻撃目標を落していくのだ。

本当なら、こんな面倒なことをしたくはなかった。
ネルフのホームページからウイルスをばら蒔けば済む話なのだが、
仮にそのような手段を取ると、後で全世界からどのような反感を買うか分からない。

そこで考え出されたのが、ウイルスA、B、Xである。
ウイルスA、Bは、共に簡単なプログラムで、それ自体に攻撃性は無く、
一見ウイルスとは分からない単なる写真データに見せかけてある。
だから、これをネルフのホームページからばら蒔いても、後で問題になる可能性は少ないのだ。

その一見ウイルスらしからぬ、ウイルスA、Bは、ウイルスXにキーワードを与え、
それによってウイルスXは、それまでの眠りから目を覚まし、他のコンピュータへのハッキングを開始するのだ。

この方法ならば、ネルフの仕業と怪しまれる心配は少ないし、
短時間に多くのパソコンを自由に操る事が出来るのだ。
ウイルスXが仕込んでいないパソコンであっても、ウイルスXの自動増殖機能によって、
ちょっと時間はかかるが、徐々にウイルスXに感染していくのだ。

こうして、作戦開始より短時間で約1億台のパソコンがネルフの支配下に入り、
その後も徐々にそれは増えていくのだ。そして、ハッキングを開始していく。


ハッキングに成功すると、中のデータを根こそぎ頂いて、ランスとMAGIがそのデータを解析する。
そして、攻撃目標を増やしたり、ハッキングしにくいコンピュータを攻撃する材料として利用するのだ。
場合によっては、中のデータを改ざんしたりもする。

今回の作戦の第一目標は、ゼーレに関する情報の収集であった。とにかく、敵の情報が無くては不利である。
得られる情報によっては、敵を社会的に葬り去ることや、寝返らせることも不可能ではないだろう。

次の目標は、世界の著名な人物の個人情報の収集であった。
ゼーレに対して協力する人物は星の数ほどいるだろうが、誰が協力者なのか、はっきりとした情報は無かった。
それでは誰が味方なのか分からない。それに白黒を付けるための情報収集なのだ。

だが、これ以外に、アスカしか知らない目標があった。
それは、ゼーレ及びその関連企業の金融資産の情報である。
この金融資産を何らかの手段で凍結したりして、相手に使えないようにすれば、
敵は遠からず干上がるはずなのだ。アスカは、ゼーレを兵糧攻めにしようと考えたのである。

***

「どう、リツコ。状況は?」

21:00になると、アスカは発令所のリツコに状況を尋ねた。

「予想よりも早いわね。攻撃目標の30%が落ちているわ。」

「そう、ゼーレには気付かれていないわよね。」

「ええ、そんな兆候は無いわ。」

「こちらもそうよ。
さっきまで、敵の軍事力を分析していたんけど、特に目立った動きは無かったわ。
まだ気付かれていないようね。」

「ミサトは何してるの?」

「加持さんと一緒に、敵が市内に潜入して来ないかどうか見張っているわ。」

「一応、真面目に働いているのね?」

「まあね。でも、気は抜けないわ。
ゼーレのことだから、何を仕掛けて来るのか分からないものね。」

「エヴァの方はどうなの?」

「今し方、待機要員が変わった所よ。もっとも、今回は出番が無いでしょうね。」

「そう願いたいわね。」

「じゃあ、攻撃目標が10%を切ったら教えてね。アタシは少し仮眠するから。」

「ええ、良いわ。でも、あと2〜3時間位よ。」

「それ位で十分よ。アタシは若いもの。」

「あっ、そう。良かったわね。」

その瞬間、リツコのこめかみが、少しだけヒクヒクしたのをアスカは見逃さなかった。
だが、ちょっと、まずかったわねとアスカが後悔しても、もう手遅れだった。

***

「シンジ君、今交代したよ。」	

仮設分隊長室にカヲルがやって来た。トウジとケンスケの班と交代したのだ。

「おつかれさま、カヲル君。」

「シンジ君は、何をしているんだい。」

「ああ、作戦の進行状況を見ているんだよ。」

「そうかい、うまくいってるかい?」

「うん、さっきリツコさんが話しているのを聞いたよ。
予想以上にうまくいっているらしいよ。」

「そうかい、良かったね。」

「そうだ、カヲル君に聞きたいことがあったんだ。
綾波のことなんだけど、何か知らないかなあ。
もし、知っていたら教えて欲しいんだけど。」

「悪いけど、あまり覚えていないんだ。
ただ、何かを伝えるように頼まれたような気がするんだけどね。」

「そうか。やっぱりそうだよね。
綾波も夢の中で言っていた。カヲル君は記憶を失っているかもしれないって。」

「でも、綾波さんはまだ戻って来ないような気がする。」

「えっ、どうしてなの、カヲル君。」

「もし、こちらに来れるんなら、僕と一緒に来るはずじゃあないか。
そうは思わないかい、シンジ君。」

そう言ってカヲルは笑みを浮かべた。

(そうだね。でも、残念だ。綾波が来てくれると、もう少し楽になるんだけどな。)

シンジは、内心で盛大にため息をついた。だが、続くカヲルの言葉に青ざめた。

「シンジ君。あまり綾波さんのことを言うと、愛しの姫君がむくれるんじゃないかい。」

果たして、シンジがモニタを見ると、頬を膨らませたアスカの顔が映っていた。

(うっ、まずい。アスカを怒らせちゃったかな。)

シンジは、今にも泣きそうな顔をしながら、カヲルを見た。

(カヲル君、助けてよ。)

だが、口には出せなかった。
さすがのニブチンシンジも、言ったらアスカの怒りに火を注ぐことが分かっていたからである。

(ああ、僕はどうしたら良いの?)

とうに作戦のことは、すっかり頭の中から消え去っていたシンジであった。

 
次話に続く

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あとがき

 第14話から着々と進んできたS作戦も、大詰めを迎えました。
気付いてみれば、作戦の立案から実行までに30話もかかっていたんですね。


written by red-x



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