式日―「儀式を執り行う日」のこと

Act 1.5

29days remain



翌日

シンジはいつもより早く布団から抜け出していた

時計は午前5時30分をさしている

のこのこと台所に向かい、朝食を用意し始めたが

その顔はどこかやつれていた


「あ〜あ、眠った気がしないや・・・」


あくびをしながらぼやく






****

あのあとシンジは彼女から離れようにも離れられず、終始彼女に付き合わされたのだった

アスカはシンジの胸で泣き続けた

一時間ほど経ったころだろうか

やっと涙がおさまった彼女はおもむろに立ち上がりまたベッドへと向かった

そしてシンジに背を向けるようにベッドに横たわってこう言った


「・・・悪かったわね。もういいわよ。」


そう言ったきり彼女は動かなかった

シンジは驚いた

まさか彼女が曲がりなりにも謝罪の言葉を口にするなんて

そしてなにより彼女が人に弱さを見せるなんて・・・

シンジは何かしなくてはいけないとは思ったものの

なんと声をかけていいかもわからず

後ろ髪を引かれる思いでそろそろとアスカの部屋を出ていったのだった






アスカの部屋を出たとたん、シンジはもうひとつ厄介なことを思い出した

そういえばリビングにミサトを残したままであったのだ

ミサトはもしかしたら今の騒動を聞いてアスカの気持ち―心からはミサトの結婚を祝福していない気持ちに気づいたかもしれない

そもそも祝うべきミサトを放っておいて楽しい(はずの)食事を中座してしまったこと自体どうだろう?

そんなアスカばかり気にかけてミサトを放っていた自分はどう思われているだろう?

どんな顔をしてミサトに会ったらいいのだろうか・・・

シンジは重い気分でリビングへと入っていった










もっとも彼の心配は単なる杞憂で終わった

リビングではテレビが大音量でつけっぱなしにしてあり

当のミサトはソファーでいびきをかいて眠りこけていたのだった


「ミサトさん・・・」


そのだらしない姿を見て、シンジは肩透かしを食らったような気持ちになった

余計な心配が杞憂で終わったのはよかったが、逆にあまりに無頓着ではないか?

アスカや僕がどう考えても普通じゃなかったっていうのに

それに気づかず寝ているなんて、この人は本当に能天気だな・・・

シンジの胸には怒りともあきれともつかない感情が湧いてきた

先ほどまでミサトの心配をしていた気持ちとは矛盾しているのはわかっている

けれど感情の奔流はおさまらかった




―それに、アスカとミサトさんはこれからどうなるんだろう?




彼は床に入ってからもなんだかすっきりせず、浅い眠りを繰り返しているうちに朝を迎えてしまったのだ。

***






「じゃあ私今日は遅いから。晩御飯はいらないわ。」

「・・・はい。いってらっしゃい。」


朝7時を回ったところでミサトは早々に出勤する

なんでも昨日早く帰宅した分の仕事をこなさなければならないらしい。

シンジは、昨夜のことを何も知らずにいつものように明るく出社するミサトを見送った後

閉まったドアに向かってぼやいた




「ミサトさん、アスカとはこのままでいいんですか・・・?」





ちょうどミサトの出勤と入れ替わるようにアスカが風呂からあがり、朝食となった。

食卓にはご飯に味噌汁、目玉焼きや牛乳がならぶ。


「アスカ、おかわりは?」

「いらない」


朝が早かっただけにいつもより手の込んだ料理が並んでいるのだが

アスカはそこまで頭が回らないのか、ただ機械的に食べている感じだった


「アスカー早くしないと遅刻するよ?」

「・・・」




でも、たしかに朝食はいつものように賑やかなものではなかったけれど

アスカのテンションが低いだけで特に険悪なところはなかった

ミサトが早々に出勤してくれてかなり救われたかたちだ

夜ミサトの帰りが遅いのも今回に限ってはありがたいことである




もっともいつまでもこのままというわけにもいかないのだけど・・・








第壱中学校 2−A教室 朝



「昨日のMスペ見た?TAKIOが出てて、超かっこよかったんだけど」


「あ〜数学2時間とかってダルくね?これだから木曜はいやなんだよ」


「本当だってば!たしかに見たんだよ!!」


「うそっTAKIO!?見ればよかった〜」


「人面犬ねぇ・・・ってかウソやろ?」


「ギュ〜ン、バリバリバリバリ、ドッカーン!」




「ね〜アスカ、駅前のプリンセスホテルでケーキバイキングがあってね。 割引券もらっちゃったんだけど、行かない?」


「・・・いい」





「でもサボったら終わりだぜ。テストで赤点とって小遣い減らされんのは痛すぎるって。」


「僕としては庵野監督の意向はよくわかりますね。」


「ウソじゃないって!西門でたところの米屋の先にいたんだってば。」


「録画しといたからさ、今度DVD貸したげるよ。」


「ば〜か、どこ見てんだよ。」


「ウソウソ!?サンキュ!!マキ話わかるわ〜。」


「ただガンダムVのタイミングっていうのはいただけませんな。」




「え〜??アスカ甘いもの大好きじゃない。まさか体重?アスカスリムだから大丈夫だって!」


「・・・いい」





「・・・碇君(ポッ)」


「授業サボってもさ、誰かのノートコピればいいべ?」


「ピ〜ンポ〜ンパ〜ン。小西先生、小西先生、至急職員会議にお越しください。」


「人面犬は口裂け女の飼い犬だって言うぜ?口裂け女いたのか?」


「小隊長殿!小隊長殿!!相田軍曹帰還いたしました!」


「ギャハハ!ついに小西のやつ全校放送されてやがる。」


「いや、口裂け女は第三新東京にはいないよ」


「ほぉ〜?俺のピカチョウが弱いとな?よし、対戦だ!」




「アスカ〜どうしたのさ?元気ないじゃないの。碇君と喧嘩でも・・・」




キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン




「あ、時間だ。また後でね。」


「・・・」





「このクラスにノートコピらせてくれるガリ勉がいるかよ。 惣流はノートとらないし、委員長はぜってーコピらせないし。」



ガラッ



「ヤベッ」


「きりーつ!礼!着席!」


「えーじゃあ出席をとります・・・」







第壱中学校 講義棟屋上 休み時間



トウジ・ケンスケとシンジはいつものように屋上で車座になっていた


「あ〜ハラ減ったわ」


購買部で買った「本格カツサンド(220円)」の包みをあけつつケンスケが嘆いた


「ほんま、勉強の後は倍ハラが減るふゎ・・・モグモグ」


言い終わるが早いか、トウジは弁当にがっつく


「勉強って・・・トウジ授業ぜんぜん聞いてないだろ」


プシッ

紅茶の缶を開けつつシンジが突っ込みをいれる


「モグモグ・・・あほ!あれは鈴原家秘伝の睡眠学習法やで!」

「わっ!口の中のもん飛ばすなよ・・・」


いやそうな顔をしたシンジだったが

やがてゲンドウよろしく口の端をニヤリとゆがめてのたまった


「ま、トウジは寝てても彼女がしっかり授業聞いててくれるもんな」

「ほぉ〜う?どうりで最近赤点が減ったと思ったら・・・?」


ケンスケがすかさずそれに続く


「あ、あほっ!誰が彼女だっちゅうねん!あんなお節介が・・・」

「照れるなって、この幸せものが」

「な、なんやてぇ?」

「あはは、トウジ赤くなってる」

「碇君?」








背後からの突然の声

こ、この声は・・・?

いっせいに声のしたほうへ振り向くと、果たしてそこには渦中の人物が立っていた


「い、委員長?」

「ちゃうちちゃうヒカリ!お前のことやないって!!」

「(ヒカリ?ほほぉ〜う??)」


正直に驚くシンジ

さっきの発言に対して許しを請うトウジ

トウジのセリフにニヤリとするケンスケ

三者三様にリアクションする中

ヒカリはトウジのことなど気にもとめない様子でシンジのところへやってきた


「碇君、ちょっといいかしら?」

「・・・アスカのこと?」


もしやと思いシンジは聞き返した


「ええ」


(やっぱりか・・・)

本人に無断で話してもいいものか少し迷ったものの

アスカと親しいヒカリなら今のアスカを励ませるかもしれない

期待半分にシンジは話すことにした


「わかった。ちょっとこっち来て」


そういってペントハウスまでヒカリを連れて行った

さすがにトウジやケンスケに聞かせるわけにはいかないのである


「実はね・・・」








シンジはアスカが泣いたくだりは適当にごまかしつつ、事の成り行きを説明した


「えー!葛城さん結婚するんだ!」


頓狂な声が上がる

やはりミサトの結婚話に驚いたようだ


「うん。あの二人は大学から付き合ってたっていうから、やっと落ち着いたともいえるんだけど。」

「問題はアスカよね」

「うん。アスカと仲のいい委員長なら励ましてくれるかと思ったんだけど。」

「アスカって頭がいいから表面的な慰めとかはすぐ見破ってしまうと思うし、あの娘プライド高いからそういうの嫌いだし。

だから今私からできることってあまりないのよ。実際今朝話しかてもことごとくシカトされちゃったし。」


やれやれといった感じでヒカリは肩をすくめた


「じゃあどうすればいいんだよ?今のアスカはあまりに辛そうだよ。」

「私はいつもアスカのそばにいてあげられる碇君が一番アスカを救ってあげられると思うんだけど。

だから碇君が頑張っ・・・」

「話、聞かせてもろうたで」








と、そこでヒカリの話を関西弁がさえぎった

見ればすぐそばには見慣れたジャージ姿が


「トウジ!?」

「鈴原!なに盗み聞きしてるのよ!?」


シンジはまたも正直に驚き

ヒカリは盗み聞きしていたトウジを諌めた

しかしそんなことは我関せずといった風で


「・・・行くで」

「い、行くってどこに?」


トウジはシンジの問いには答えずにズカズカと階段を降りて教室の方へと向かった


「あ〜待ってよ!」


3人は慌ててトウジのあとにつづいた






第壱中学校 2−A教室 休み時間



「おい惣流」


一人でぼ〜っと弁当を食べていたアスカは、声のしたほうに面倒くさそうに視線を向けた

ジャージを着た男が横柄な態度でこっちを睨んでいる


鈴原・・・?


「惣流、おまえ振られたんやて?」


いきなりトンデモナイ言葉を浴びせられた

アスカは「あほらしい」といった感じで視線をもとの弁当箱に戻したのだが

その様子を見たトウジはさらに悪態をつく


「いままでさんざん男をバカにしとったくせに振られたとたんこれかいな?どや、悔しいやろ?

バカだと思っとった男に振られたんやで?もっと身の程をわきまえろや。」


うわぁ・・・

クラスメイトがみなトウジの命知らずな発言に絶句してしまった






「トウジ!」


そこで鋭い声が響いた


「トウジ!言いすぎだ!」


声の主は珍しく声を荒げているシンジだった


「なんや、こないな女の味方するんかい?」

「トウジ、いい加減にしろ」

「センセもこんなデリカシーのない女相手にしたらあかんで」

「おい、もう一度言ってみろ?」


グイッ


シンジはトウジの胸ぐらを掴みながら言った

胸ぐらを掴まれて逆上したトウジは


「上等や!なんぼでも言うたるわ!」


そう言ってシンジを突き飛ばした


ガタン

ガラガラ


突き飛ばされたシンジはバランスを失い机と椅子に激突した

しかしすぐに立ち上がってトウジに突進する


ぐっ!


突進されたトウジはよたよたと後ろによろめき机に手をついた

そこにすかさずシンジは飛びついた


「もう、やめなさいよ二人とも!!」


ヒカリが制する

しかし二人は一向にやめる気配などなく、悲痛な声がむなしくこだまするのみだった


「だ、誰か先生呼んで来い」

「消火器だ、消火器!」


クラス中は大混乱に陥った

血を見るまでとまらない―誰もがそう思ったそのとき








クラスメイトAの話

「なんだかブチッていう音がしたんですよ!何かが切れるみたいな・・・」








クラスメイトBの話

「怒髪天を衝くっていうんですか。いや比喩じゃないですよ。ああ〜思い出すだけで怖い」








いろいろと溜め込んでぶち切れたアスカが机をばんっ!と叩きながら叫んだ


「あーもーうっとうしいわね!人の席のそばで喧嘩してんじゃないわよ!」


いきなりのことに件の二人は一瞬喧嘩することも忘れて声のした方を振り向いた

だがそんなことでアスカの勢いはとまることはなく、そのままトウジへ向けられた


ゴシヵァン


後頭部に一撃を食らったトウジは「ぐえっ」と奇声を発してこときれた





続いてアスカの脅威はシンジにも襲い掛かった

え?なんで僕が?

まったく理解できてない表情を浮かべているのもお構いなしに

アスカの足は大きく振り上げられた


がすっ


脳天にかかと落しを食らったシンジは


「白だ・・・」


という謎の一言を残してそのまま昏倒してしまった








第壱中学校 保健室 放課後



ふと気がつくと目の前では教室特有の、穴のたくさん開いた白天井が夕日に赤く染まっていた

視線を動かしてみると薄ピンクのカーテンで囲まれた空間に自分が寝ていることがわかった

ここは保健室のベッドらしい

たしかシンジと喧嘩していたら惣流のやつがぶち切れて後頭部に一撃くらって・・・

その後の記憶がない

夕方である今時分まで気絶していたことになるんだろうか

一通り考えをめぐらしたトウジはとりあえず教室に戻ろうと思い起き上がることにした


「いたたたた!」


動くと後頭部に激痛が走った


「あ、無理しちゃだめよ!」


足元から声がした


「ヒカリ・・・」


そこには椅子に座ったヒカリの姿があった


「やっと気がついたのね。もう5時過ぎてるわよ。」

「ヒカリ、ずっといてくれたんか?」

「うん。委員長として当然のことをしたまでよ。」


ヒカリはにっこりと答えた


なにをしゃあしゃあと・・・


トウジは思ったが彼女の笑顔にその言葉を飲み込み、代わりにちょこっと眉を動かした





その様子を見たヒカリは笑顔をくずすと眉をひそめながら言った


「ところで鈴原、さっきのは言いすぎだと思うわ」

「・・・わかっとるわ」

「どうしてあんなこといったの?アスカがかわいそうよ。」

「わかっとる。でも惣流を助けるにはシンジの力が必要いうたやろ?ああでもせんとシンジのやつは何もできんからな」

「えっ?」

「まあ気ぃ失ったのは誤算やったけどな」


そう言ってトウジはカラッと笑った

ヒカリはこのとき初めてトウジが自ら憎まれ役を買ってくれたことに気づいた

昼にアスカに悪口を言っているトウジを見たとき、ヒカリは自分の好きだったやさしいトウジがどこかに行ってしまったように思えていた


でもやっぱりトウジは自分の好きなトウジのままだったのだ


「そうね、ありがとう。」


ヒカリは再びにっこりと言った







「ところでヒカリ?」

「ん、なに?」

「惣流のやつに謝っといてくれんか?」

「え?そのくらい自分でしなさいよ」

「ワイがあいつに謝るなんて似合わんやろ?それこそ惣流のやつ腰ぬかすで」

「ふふっ」


優しいところだけじゃない、硬派で不器用なところまで自分の好きなトウジのまま変わってなかったことにヒカリはまた嬉しくなった






第壱中学校 2−A教室 放課後



ん、眩しい・・・

まぶたを閉じているのになんだか眩しい

邪魔するなよ

もう少し寝かしてほしいのに

・・・ってあれ?僕、寝た覚えはないぞ

うっすらと目を明けると、目の前には赤々とした夕日が窓ガラス越しに光っていた

そして肝心の自分はクッションに頭を埋めて寝ていた


「えっ!?」

「ようやくお目覚めね、バカシンジ」


驚いて跳ね起きたシンジを迎えたのはちょっと意地の悪そうなアスカの声だった






「う・・・ここは?」


あたりを見回すと、そこは見慣れたマンションのリビング

アスカは床に座って自分のことを覗き込んでいた


ぱさっ


なにかが落ちる音がしたので視線を移してみると膝の上に濡れたタオルが落ちていた


「これ、アスカが?」

「まあね。あんたには借りがあるしさ」


シンジがたずねるとアスカは照れくさそうに答えた


「借り・・・って?」

「ほら、鈴原のこと怒ってくれたじゃん。」


感謝してるならかかと落しなんかしなくてもいいじゃないか

なんてことは口が裂けても言えないのだけど


「感謝しなさいよ。この私が看病するなんてそうそうあることじゃないわよ」

「うん、ありがとう」


まったくいつもアスカはこの調子なんだから

でもいつものアスカにもどってよかった

シンジはこのやりとりを微笑ましくさえ思った






ところで今何時なんだろう?

ふと時計を見るととっくに5時をまわっているところだった


「あ、晩御飯作らないといけないや」


急に現実的な問題を思い出したシンジは立ち上がろうとしたが


「いたたた」


脳天を走る痛みにすぐさま座りこんでしまった


「ほら無理しない!たんこぶできてるんだから」

「あのねぇ、アスカが作ったんだよ?」

「うっさいわね、もともとあんたが喧嘩が強くないくせに喧嘩なんかするから・・・」

「そんなこと言ったって・・・」

「ま、たしかに鈴原のやつは許さないけどね。フフフフ・・・」






****

そのころの保健室


「なんか背筋がぞくっとしたで」

「大丈夫?風邪なんか引かないでよ」

****






「ところでご飯どうしよう?」

「一日くらいなんとかなるわよ」

「たしかに少し作り置きしたものもあるしね。じゃあご飯炊くのは頼んでもいいかな?」

「しょうがないわね、やってやるわよ」

「ははっ」


二人の間にはいつものように平和な空気が流れていた

こんな穏やかな時間がいつまでも続いたらいいのに

いっそのこと男や女なんてしがらみのない時間が・・・

話が途切れてからアスカはふとそんな考えにとらわれ、表情を一瞬曇らせた

しかし不運にもシンジはそれに気づくことはなかった





続劇

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かな〜りご無沙汰しています。SSSです。

式日 Act1.xやっと終わりました

このAct1.5、書き出してから完結までおよそ5ヶ月!

のろまですね(泣)

のろまですが、プロットは出来上がっているのでぜひとも完結させたいと思います

ではでは、またAct2.0でお会いしましょう

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