新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS 第1部 婚約に至る道 アスカにドイツへの帰還指令が来るなんて。 アスカは遠くへ行って、もう二度と帰って来ないかもしれない。 そんなのは嫌だ。何か良い方法はないの。 第17話 帰還指令 ゲンドウ達との話が終わると、シンジとアスカは食堂へと向かった。 そろそろ、昼食の時間に迫っていたからだ。 「ねえ、アスカ。早く帰ろうよ。」 「駄目よ。今日は、ここで5時頃まで働くのよ。分かった?」 「僕は、どうすればいいの。」 「アタシのことが好きなら一緒に居ると思うけど。」 「えっ、一緒にいても良いの。」 「だって、シンジはアタシ専任の護衛でしょ。 アタシの側にいるのが当たり前でしょ。 全く、何聞いているんだか。 物忘れがひどいわよ。」 「ご、ごめんよ。」 「まあ、いいわ。そう言う訳だから、シンジも手伝ってね。」 「うん。」 シンジは、何故か嬉しくなった。 もちろん、アスカと一緒に居られるからである。 こうして、二人は昼食を共にした。 *** 「じゃあ、食べたから、早速MAGIの所へ行くわよ。」 アスカは、昼食を済ませた後そう宣言すると、MAGIの端末へと向かった。 もちろんシンジもその後を付いて行った。 目指す端末は、アスカ専用の部屋の中にあった。 リツコやミサトの部屋と同程度の大きさの個室が、アスカに対しても割り当てられるようになったのだ。 もちろん、急造であるため大したものはないが、それでもMAGIに繋がっている端末が5台、 プリンタが2台、DISKドライブが2台、コーヒーメーカー1台が揃っていた。 入口には、『技術部副部長室』と書かれたプレートが掲げられていた。 「ちょっと狭いけど、まあまあかな。後で、色々と入れようかな。」 アスカは一人呟くと、作業の準備に取りかかった。 端末から本体に入り、必要なデータを端末に落とし込む。 そうして、黙々と作業をこなしていく。 その様子を見たシンジは、自分が何をしていいのか、不安になった。 「僕は、何をやったらいいのかな。」 シンジが尋ねると、アスカは、ニヤニヤしながら、こう答えた。 「シンジは、使徒とエヴァの戦闘シーンのファイルを探して。」 「も、もしかして、今朝言っていた、映画のためなの。」 「もちろん、そうよ。映画に使えそうなシーンを探して、保存しておいてね。」 「そ、そんなことに使うなんて、まずいんじゃないのかな。」 「いいの。つべこべ言わずに、さっさとやるの。」 アスカはそう言うと、端末の前で作業を始めた。 「もう、アスカったら、強引なんだから。」 シンジは膨れっ面をしながらも、渋々という仕草で作業を始めた。 だが、その心の中は、アスカと二人っきりということから、にやけっぱなしであった。 一方、シンジに映画関係の仕事を任せたアスカは、別の作業を行っていた。 S計画、NR計画、ER計画に関する作業で、自宅では出来ないものは、今ここで行う必要があったからだ。 ここで、NR計画について概要を説明すると、主に次の4つの要素から成り立っている。 本部施設の修復と改良、人員の補充と育成、組織の再編成と装備の改良、各支部との連携の強化である。 いずれの要素においても、MAGIの力が必要なのだ。 本部施設の修復と改良に関しては、改良の仕様作成と修復・改良工事のスケジュール管理に。 人員の補充と育成に関しては、人材採用と研修計画のスケジュール管理に。 組織の再編成と装備の改良に関しては、再編組織の効率化のチェックと装備改良の設計及びスケジュール管理に。 各支部との連携に関しては、各支部の個人データの把握等に。 いずれにしても、MAGIの力に負うところが大きい。 また、ER計画についても同様である。 ER計画も主に4つの要素から成り立っている。 量産機の修復と改良、パイロットの選抜と育成、武装の改良、戦闘支援システムの確立である。 これらについても、MAGIの力が必要なのだ。 アスカは、素案を数十通り作成しており、それをMAGIに分析させ、 予算やスケジュールなども加味しながら、徐々に案を絞っていった。 最終的に、3案位に絞るまでがアスカの当面の仕事になる。 それを冬月に提出すれば、ゲンドウと相談して必要な修正を加え、 その後、実務担当者を招集して、最終案を決定する手筈になっている。 それをアスカが承認すれば、後のアスカの最高責任者としての仕事は、スケジュール管理が主なものになるのだ。 だが、これらの事は、シンジには内緒であった。 しばらくすると、アスカが一息ついた。 「ふう。」 アスカが言うと同時位に、アスカの携帯電話に着信があった。 「ごめん、シンジ。1時間位、席を外して。ドイツの友達から電話なの。」 「うん、いいよ。」 シンジは、何の疑問も持たずに出て行った。 シンジは、部屋を出ると、ゲンドウの元へと向かった。 実は、ゲンドウに『後で一人で来い。』と言われていたのだ。 (父さんは、一体何の用なんだろう。) シンジは考えたが、さっぱり見当が付かなかった。 (まあいいや。父さんに聞けば分かるだろう。でも、物凄く嫌な予感がするな。) シンジは、嫌な予感を振りほどくように、急いでゲンドウの元へと向かった。 *** 「えっ、アスカがスパイだって!」 ゲンドウに思いがけない事を言われたシンジは、呆然としていた。 驚くシンジに対して、冬月が説明を続けた。 「アスカ君は、スパイと決まった訳ではない。 その疑いがあると言うことなんだよ。 今は言えないが、アスカ君には秘密が多い。 色々と調べているのだが、アスカ君の経歴の一部が改ざんされている疑いがあるのだよ。」 「でも、それだけでスパイとは言えないと思います。 経歴は、誰かがアスカの知らない所でいじった可能性だってあるじゃないですか。」 「シンジ君の言う通りだよ。だが、何故改ざんする必要がある。おかしいじゃないか。」 「でも、アスカはスパイなんかじゃありません。 アスカがそんなことをするはずがありません。 僕には分かります。」 「我々も信じたい。 だが、アスカ君は、さっき我々に嘘を言った。 シンジ君は気付いたかね。」 「えっ。」 シンジは当惑した。 アスカの言った嘘というのが、全く分からなかったからだ。 「その調子だと、気付かなかったようだね。無理も無い。 MAGIの開発者コードのことだが、そんなものは存在しない筈なんだよ。 シンジ君は、アスカ君のお母さんがエヴァに取り込まれたのが何時か知らないだろうが、10年前のことだった。 だが、MAGIが完成したのは、それから5年後のことなんだよ。 MAGIが完成する5年も前に、開発者コードが分かっていたなんて、考えられないんだよ。 そうは思わないかい。」 「そ、それは…。」 シンジの顔は青ざめた。冬月の言う通り、いくら何でもつじつまが合わないからだ。 「それに、アスカ君は、最近お母さんの記録から見つけたと言っていたが、それもおかしい。 アスカ君のお母さん、キョウコ君がエヴァに取り込まれた後、ネルフはキョウコ君の記録を全て調べている。 キョウコ君も優秀な科学者だったから、機密漏洩があったら非常にまずいことになる。 だから、キョウコ君の私物は、全て厳重に調べられているのだよ。 しかも、アスカ君はキョウコ君から譲り受けた物は殆ど無い。 それなのに、最近になって見つかったなどと、いくら何でも有り得ない話なのだよ。 分かるね、シンジ君。」 「は、はい…。」 シンジの体は震えていた。 もし、アスカがスパイだったら、ネルフがアスカに何をするのかと思うと、想像するだけで恐ろしくなったのだ。 もし、アスカが本当にスパイだったら、アスカの生命が奪われるかもしれない。 そう思うと、シンジは身震いした。 「しかも、ユイ君が開発者コードを知っているなんて話は聞いた事がない。 シンジ君もそうだろう。 もし、アスカ君の話が本当なら、シンジ君も開発者コードとやらをユイ君から聞いている筈だ。 シンジ君は聞いた事があるかね。」 「いいえ。僕は、母さんの顔を覚えてすらいませんから。 しかも、母さんの記録なんて、何も受け継いでいません。」 そう言うと、シンジはがっくりと肩を落とした。 「そうだろうな。やっぱり、アスカ君は嘘を付いているな。」 「でも、アスカはスパイなんかじゃありません。本当なんです。」 「シンジ君の気持ちも分かるが、君は、霧島マナ君の時もそう言っていたのを忘れていないかね。 霧島マナ君は、スパイじゃ無かったのかね。」 「い、いえ…。」 シンジは、泣きそうになった。 確かにマナの時もスパイじゃないという自信があり、そう言い張ったが、マナは本当にスパイだったからだ。 シンジがいくらアスカがスパイじゃないと言っても、信じてくれないだろう。 「だが、まだ決まった訳ではない。 そこで、シンジ君に頼みがある。 アスカ君の行動を、常時監視して欲しいのだよ。 もし、アスカ君がスパイだったら、怪しい行動を取る筈だ。 それを見落とさないで欲しいのだよ。」 「分かりました。でも、もしアスカがスパイだったらどうなるんですか。」 シンジは、恐ろしくて聞きたくなかったが、勇気を振り絞って聞いた。 だが、冬月の返答は、予想に反して、厳しい内容では無かった。 「少なくとも、ネルフの外には出せないだろう。 どの位続くかは分からないが、軟禁状態になるだろう。」 「ア、アスカの生命に、危険は無いんですか。」 「ああ。仮にも、ネルフに貢献したキョウコ君の娘だ。 我々がアスカ君の生命を危険に晒すような事はしないよ。 むしろ危険なのは、アスカ君をスパイとして使っている組織だろう。 証拠隠滅のため、アスカ君は消される可能性が高い。 シンジ君、もしアスカ君のことが好きなら、アスカ君がネルフを出ないように見張っていて欲しい。 そして、アスカ君がスパイだったら、改心するように諭して欲しい。」 「わ、分かりました。僕は、何があってもアスカから離れません。」 シンジは、そう言うと拳を強く握りしめた。 「ちょうど良いタイミングというか、悪いタイミングというか、 アスカ君にはドイツ支部から帰還指令が来ている。 我々は、アスカ君にこのことを聞かせて、どのような返事をするのか試すことにした。 もし、アスカ君がスパイなら、これを機会に本部を出ようとするだろう。 ここまで言えば、シンジ君が何をすべきか分かるね。」 「はい。僕は、アスカが本部を出ないように監視します。」 「くれぐれも、アスカ君のことを我々が疑っているなどと、言ってはいけないよ。」 「はい。絶対に言いません。」 「では、アスカ君をここに連れて来て欲しい。良いかね。」 「はい、アスカを連れて来ればいいんですね。」 シンジは、部屋を出ると、アスカの元へと向かった。 (アスカ。 君はスパイなんかじゃないよね。 絶対に違うよね。 僕はアスカのことを信じるよ。 誰が何と言おうと。) シンジの顔には、苦渋の色が浮かんでいた。 *** しばらくして、シンジはアスカの所へ行き、呼び出した。 「アスカ、父さんが呼んでいるんだ。直ぐに来て。」 アスカは、ゲンドウの前に行くとびくびくした様子だったが、ゲンドウの言葉を聞いて、驚いているようだった。 ゲンドウはアスカに、ドイツ支部からの帰還指令が来たことを伝えたのだった。 それを一緒に聞いたシンジは、アスカの手前、驚いた振りをした。 「…どうするか、自分で結論を出してから、報告するように。」 それだけしかゲンドウは言わなかった。 こうして、シンジとアスカは、重苦しい雰囲気のまま、ゲンドウの元を去り、副部長室へと戻った。 そして、二人とも黙々と作業を続けるのだった。 作業をしながらも、シンジはアスカのことを考えていた。 (アスカがドイツに行かない様にするにはどうしたらいいんだろう。) シンジは考えたが、妙案は思い浮かばなかった。 しかも、アスカが本当にスパイだったら、ドイツへ行ったが最後、もう二度と会えないかもしれないのだ。 だが、シンジは、アスカがスパイかもしれないという考えを頭から払い落した。 恋は盲目というが、正に今のシンジはそういう状況であった。 (アスカは…スパイなんかじゃない…。) シンジは、アスカのことを心から信じていた。 だが、マナの時の経験が全く活かされていないのも事実だった。 本来は、冷静に事実を整理分析し、対応策を考えなければならないのだが、 アスカを信じる余り、何も考えないシンジであった。 次話に続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき スパイの嫌疑をかけられたアスカ。そのアスカを信じるシンジ。 だが、事態はさらに悪くなり、そして思わぬ方向へと向かう(かもしれない)。 シンジはというと、アスカの側に居ることしか考えないため、第三者から見ると、 ちょっと情けないことに…。でも、本人は結構喜んでいたりします。 written by red-x