新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第2部 ゼーレとの戦い

第39話 猛特訓(後編)


「待たせたな。」

会議室に入るなり、ゲンドウは声を発した。
そして、長いテーブルの端にゆっくりと座った。
冬月とアスカも続いて座った。
シンジ達がジャッジマンと初顔会わせをしていた頃、アスカ達は作戦会議を開いていたのだ。

今この場には、加持、ミサト、リツコ、マコト、ケンスケが待っていた。
これから対ゼーレ戦略を練る会議を始めるのだ。口火を切るのはアスカだ。

「では、これからゼーレの動きを説明します。
アメリカ、ヨーロッパの各国の国連部隊の一部が、巧妙に隠されてはいますが、動きをみせています。
いずれも目的地はこの第3新東京市だと思われます。」

アスカは、ホワイトボードに予想される戦力を書いていった。

「原子力潜水艦が10艦、通常型潜水艦が30艦、空母が10隻、各種艦艇が100隻、
以上が現状で予想される敵の海上、海中兵力です。
また、予想される敵の航空兵力は、戦闘機500機以上、爆撃機50機以上になります。
なお、これらの情報は、相田一曹が持つ、
軍事マニア独自の情報網によるものであることを付け加えさせていただきます。」

アスカはそこまで言うと、加持に合図をした。すると、加持はゆっくりと口を開いた。

「今、我々の手で確認を行っているところです。
正直言って、我々が入手していた情報よりも、遥かに敵戦力は大きいです。
ケンスケ君の情報が無かったら、我々は敵戦力を半分以下に見積もっていたでしょう。
危ないところでした。」

そう、敵の戦力を小さく見積もると、手痛い目に遭うのだ。
この点で、ケンスケの貢献度は非常に高い。
専門の諜報機関でも気付かないような動きでも、軍事マニアは掴んでいるのだ。

「次に作戦部の所見を述べます。」

次はマコトだ。

「おそらく、敵は総力戦で来るでしょう。
これだけの戦力だと、小細工は必要無いからです。
四方八方からミサイルを大量に打ち込み、我々の戦力を無力化したうえで、
戦闘機や爆撃機でトドメを刺すという戦法が最も確率が高いと思われます。
その場合、我々の防御手段は乏しく、太刀打ち出来ません。
頼りは、エヴァのATフィールドだけです。」

それを聞いた冬月は、頭を抱えた。

「何とかならんのかね。いくらエヴァでも万能ではない。
戦闘機で足止めを食らっている間に本部を落される可能性も高いぞ。
それに、ATフィールドも長時間展開できまい。
時間差攻撃をされた場合、パイロットの体も持たないだろう。
赤木君、技術部の方では、何か良い方法は無いのかね。」

「時間が無いので、対抗策はあまりありません。
ポジトロンライフルを改良し、発射回数や発射間隔を改善するのがやっとです。」

「すると、頼りはエヴァ軍団ということか。アスカ君、彼らは使えそうかね。」

「今は何とも言えません。
ですが、使徒と異なり目標数が多く、機動性が高いので、今は対応出来る者はいません。
現状では、エヴァの効率的な使い方は、ATフィールドで防御のみを行うことでしょう。
ですが、例えばミサイルを1分間隔で何時間も連続して撃ち込まれたら、防ぐことは不可能です。」

「そうか…。敵にしてやられる訳か。
だが、敵の陸上兵力を少しでも削れたことは、幸いだったと言えるのかな。」

「ええ、ですが今回の敵陸戦兵力は、10万人から最大数十万人と推定されます。
これを傭兵部隊だけで防ぎきるのは不可能です。
エヴァの支援があっても危ないかと…。」

加持は声を落して言った。このため、冬月は落胆の色を隠せなかった。

「戦略的には、我々の完敗だな。それを戦術でひっくり返すしか無い訳か。
だが、その戦術も圧倒的に不利という訳か。」

「副司令、戦略の敗北は、戦術の勝利ではひっくり返せないのが軍事の常識です。
戦略的に劣勢を跳ね返す方法を考えませんと。」

ケンスケは申し訳なさそうに言う。その場の皆も肩を落した。
だが、それを見たアスカは笑い出した。

「軍事の常識は、エヴァには通用しないわよ。
使徒との戦いがそうだったでしょう。
使徒との戦いは、戦略で勝利したとしても、戦術の失敗でひっくり返るのよ。
エヴァを常識の物差しで図るのは間違いね。」

「うむ、アスカ君の言う通りかもしれん。
だが、このままではどう考えても勝ち目が見えないのも事実だ。
戦術的に見ても、相手の方が圧倒的に有利ではないか。」

「現時点ではそうです。
ですが、相手と同じ土俵で考えるからいけないのです。もっと違った視点から見ないと。
おそらく、これらの大量の兵力の動員は、本当の目的を隠すためと考えられます。
そう、例えば中性子爆弾の使用とか、細菌兵器の使用などが想定されます。」

「何っ、まさかっ。」

「相手を常識で判断してはいけません。必ず裏があります。
おそらく、ゼーレは二重、三重の罠を用意しているものと思われます。
目先の敵だけを見るのではなく、敵の真の狙いを突き止めないといけません。」

「だが、どうやって突き止めるのだ。」

「そのための諜報部であり、そのためのネルフ支部でしょう。
なりふり構わず組織を活用して、敵の情報を掴むようにしてください。全てはそれからです。」

「ははっ。アスカは手厳しいな。」

加持は渋い顔をした。


こうして会議は続き、最終的にアスカの意見が採用された。

ゲンドウはネルフ各支部に協力を要請し、諜報部と共に敵の情報を可能な限り集める。

ケンスケも引き続き軍事マニアのネットワークを通してゼーレの動きを探る。

技術部はエヴァの武器を改良する。

作戦部は兵器の購入と整備を進める。

アスカはエヴァ部隊の指揮官としてパイロットを養成する。


かくして会議は終了した。

***

会議の後、ケンスケがアスカに声をかけてきた。

「惣流、ちょっと聞いていいかな。」

「うん、何よ。」

「正直言って、あれだけの大兵力を相手に戦うのは、絶望的だと思う。
さらに、あれ以外の兵力が隠されているかもしれないとなると、
こちらが勝つのは奇跡を待つしかないと思うんだ。
惣流は何か良い手があるのか、それとも軍事のことをあまり知らないのか、
どちらなのか知りたいと思ってね。」

「あのねえ、アタシはアンタよりも兵器に関しては詳しいのよ。
使徒は空から来るのか、海から来るのか、分からなかったから、
兵器に関してはみっちり頭に叩き込まれたわよ。
だって、エヴァと連携して戦う可能性が高いじゃない。
パイロットにしてみれば、命に関わるから、自分なりにも一所懸命覚えたわよ。」

「じゃあ、何か良い手があると考えていいんだね。」

「ご想像にお任せするわ。」

そう言ってアスカは去って行った。

「う〜ん、良い手があるのか、シンジのためなのか、今の様子だと分からないなあ。」

ケンスケは首を捻った。

***

 その日の午後3時からハーモニクステストが行われたが、結果は思わしくなかった。
パイロットのシンクロ率が良くなかったからだ。

シンジ     60%
マックス     8%
ミリア      6%

トウジ     30%
アリオス     9%
アールコート   6%

カヲル     35%
キャシー     0%
マリア     15%

「このままだとまずいわね。何とかしないと。」

アスカは、頭を抱えていた。

その後、パイロット達は、シンクロ率を反映した戦闘シミュレーションを行い、厳しくしごかれた。
この訓練の教官はアスカだったが、特にシンジには厳しかった。
初日からシンジは鉄拳制裁を何度も受けたのである。

だが、これにはアスカなりの考えがあった。
アスカが思うにシンジはすこぶる鈍い。
口でいくら言った所であまり感じないのだ。
恋愛ごとならまだ良いが、戦場で隊長がこの調子では、部下の命が危ういのだ。

だからやむを得ず体に覚えさせるため、身を切るような思いでシンジを殴りつけたのだ。
しかも闇雲にではなく、部下達の命を危うくさせるような行動をとった時だけに限定した。
アスカにとっては、これでも十分抑えているつもりだった。

***

「あ〜っ、疲れたあ。」

シンジは家に帰るなり、ベッドに横になった。
体のあちこちが悲鳴をあげているようだ。
体が思うように動かない。

「それにしても、アスカは厳しかったなあ。」

シンジは訓練を思い出して、悲しくなった。
シンジは、アスカが厳しいことは覚悟していたつもりだったのだが、
シンジの想像以上にアスカは厳しかったのだ。
その上、シンジと呼ばれずに、碇と呼ばれたことが、シンジの心に重くのしかかっていた。
これなら、バカシンジと言われた方がマシである。

「僕って、こんなに情けなかったのかなあ。」

シンジは悲しくなった。
アスカのためにも試練に立ち向かうと大見得を切っていながら、たった1日でこのザマである。
これではアスカに呆れられてしまうかもしれない。

「しかも、みんなとレベルが違うし。」

シンジは、転校生の中で最も弱そうだったアールコートとも戦ったのだが、
マリアの時と同様に、完膚なまでに叩きのめされたのだ。

「こんなはずじゃなかった。こんな…。」

シンジはしばらくの間、物思いに耽っていたが、思い出すのは無様な自分の姿ばかりだった。
転校生達とは鍛え方が違うことは、頭では分かっていたつもりだったが、
実際に相対してみると、想像を絶する差があったのだ。

「そうか。僕が情けないから、アスカは愛想を尽かして、厳しくしたんだ。」

そう思うと、段々悲しくなってきた。

「今日のアスカは鬼みたいに怖かったなあ。あれが本当のアスカなのかなあ。
でも、もしかしたら、嫌われちゃったから厳しかったのかなあ。」

シンジは段々と内向きの考えに陥っていった。
アスカに嫌われたらどうしようかと考えているうちに、もしかしたら嫌われたかも、
いや嫌われたに違いないと、どんどん自分を追い詰めていったのだ。
そして、ついには我慢出来ずに泣き出してしまった。

「うううっ。アスカは僕のことが嫌いになっちゃったのかな。
どうしよう、どうしよう。うううっ。アスカに嫌われたらどうしよう。
誰か助けてよ。誰でもいいから助けてよっ。うううっ。」

シンジは、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
だが、その時、誰かがシンジの上に乗っかってきた。

(えっ、誰だろう。)

シンジは驚いたが、すぐに誰か分かった。

「な〜によおっ。元気出しなさいよっ。」

「えっ、ア、アスカなの。」

シンジは驚き、そして嬉しくなった。
シンジは何だかんだ言っても、やっぱりアスカのことが大好きなのだ。
だから、アスカがいるだけで幸せな気分になるのだ。

「そ〜よっ。愛しのフィアンセよっ。アタシの前ではちったあ元気にしなさいよっ。」

「えっ、アスカは僕のことを嫌いになったんじゃないの。」

そう言った瞬間、シンジは『しまった。』と思い、青くなった。
せっかくアスカが来てくれたのに、憎まれ口を叩くなんて。
アスカは怒って帰ってしまうかもしれない、いやそうに違いない。
シンジは自分の体温が急低下するのがはっきり分かるほど寒けがした。

「ム〜ッ。誰がそんなことを言ったのよ。」

だが、アスカは怒った割りには刺々しい感じの口調ではなかった。

「いや、誰でもないけど…。」

シンジは必死に言い訳しようと思ったが、思うように口が動かない。
『もう駄目かも。』そんな考えが頭に浮かんだが、アスカの口からは思いがけない言葉が出た。

「今日は疲れたでしょ。早く寝ましょう。」

(えっ、本当なの?アスカは一緒に寝てくれるの。)
シンジは気が緩み、また墓穴を掘ってしまった。

「あっ、でもお風呂に入ってないんだ。だから、汗臭いんだ。」

言った瞬間、『ああ、もうこれでおしまいだ。』と頭の中が真っ白になった。
だが、何故かアスカは怒らなかった。

「良いのよ。シンジの匂いなら、アタシは構わないわよ。
明日の朝にシャワーを浴びればいいじゃない。」

「でも…。」

またもや自爆するシンジ。『僕は何て馬鹿なんだ。』とシンジは本気で思った。

「あっ、そう。アタシのことが嫌いになったのね。」

だが、アスカはあまり怒っていないようだった。ネルフでのアスカとは別人のようだ。

「ち、違うよ。」

今度はさすがに失敗しようがない問いかけだったので、無難に答えられた。

「じゃあ、決まりね。お休みっ。」

アスカはそう言いながら、シンジの横に寝転がった。

「もう、アスカったら強引なんだから。」

そう言いながらも、シンジの顔は緩んでいた。
さっきまでのいじけて泣いていたシンジの面影は無い。
アスカの力、恐るべしである。いや、シンジが現金なのか。

(良かった。いつものアスカだ。いや、いつもよりも優しいや。
良かった。まだアスカには嫌われていなかったんだ。
そうだよね、アスカはこの戦いが終わったら元通りだって言ってくれたし、
家の中では優しくしてくれるって言ってたよね。)

アスカが来たおかげで、シンジは心の平穏を取り戻した。
そして、いつも通りにアスカを背中から抱きしめた。

(ごめんねアスカ。アスカを疑ったりして、僕が悪かったよ。
でも、よく分かったよ。僕はやっぱりアスカが大好きなんだ。
時には鬼よりも怖くて、時には天使よりも優しいアスカのことが。
良し、少し元気が出てきたぞ。明日も頑張ろう。大好きなアスカのために。)

こうして、再びシンジはアスカのために頑張ろうと決心した。
だから、猛特訓に対しても、歯を食いしばって耐えることが出来たのである。

こんな事情があったので、トウジが何度かシンジに『惣流に文句言ったれ。』と言ったが、
シンジは力なく笑うばかりであったのだ。


次話に続く
 
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あとがき

 たとえどんなに辛いことがあっても、アスカさえいればシンジは幸せな気分になれるの
です。純粋なのか、単純なのか、どちらでしょう?

written by red-x
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