新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセS

第3部 ゼーレとの戦い−激闘編−

第53話 決戦!第3新東京市その3


「なあ、シンジ。ちょっといいかな?」

「なんだよ、ケンスケ。」

「今は、ちょっと時間があるから、お前と二人きりで話したいと思ってな。」

「ああ、いいよ。」

シンジはそう言って、回線を守秘回線に切り換えた。

「ああ、有り難う。実は、話と言うのは、碇司令のことなんだ。」

「えっ、父さんの?」

「シンジ、お前は碇司令との間にかなりのわだかまりがあるらしいな。」

「だって、しょうがないよ。父さんは、僕に何も言ってくれないし。
でも、アスカが前に言ってたよ。組織のトップに立つ者の苦労も知らないでとか、
子供には話せないようなことが、一杯あるんだろうって。」

「ああ、そうだろうな。で、シンジから見て、どんな事がわだかまりになっているんだ。」

「そうだね、大きなものは5つかな。」

「と、言うと。」

「第1に、使徒が来るまで僕を放っておいた事。
第2に、何の訓練も無しに急に僕をエヴァに乗せた事。
第3に、エヴァだけで僕を戦わせて、軍の援護が碌に無かった事。
第4に、トウジを殺そうとした事。第5にアスカのピンチに助けに行かせてもらえなかった事。
他にも小さなことは一杯あるけど。」

シンジは、あえてレイの件については言わなかった。
レイがクローンであることを言う事になってしまうと考えたためである。

「そうか。でもな、シンジ。やっぱり、誤解が多いぞ。」

「どうしてさ。」

「そうだな、まず1番目から言うけど、司令がお前と一緒に暮らしていたとして、お前の事を構ってやれるか。
考えても見ろ。司令は、使徒を撃退し、人類を救うという大きな目的のためにネルフを作り、エヴァを作ったんだろ?
生半可な忙しさでは無かった筈だ。」

「でも、全然会えないなんておかしいじゃないか。」

「会えると考える方がおかしいよ。
シンジは、ネルフの司令のことを、どこかの社長と同列に考えているんじゃないか。
ネルフの職員の中には、碌に親と会えない奴も多いんだぜ。
トウジを見ろよ。同居しているっていっても、親御さんは妹さんが怪我をしても休めないんだぜ。

そんなに職員が忙しいのに、司令が普通の家族と同じように息子と毎日会っていたら、他の職員が不満を持つよ。
だから、司令としてはそういう選択は出来なかったと思うぜ。
他人の家族の犠牲を見て見ぬ振りをして、自分の家族を大事にする奴は、誰からも信用されないぜ。
組織の長って、そういうもんだろ。」

ケンスケの言葉には、説得力があった。
確かに、職員の家族から見たら、そういう事になるのだろう。
だが、分かっているが、分かりたく無かったというのがシンジの心境だった。

「じゃあ、何の訓練も無しに急に僕をエヴァに乗せたのは何でだと思う?」

「これは推測だけど、その方が上手くいくような理由があったんじゃないか。
結果的に、小さい頃から訓練してきた惣流よりも、シンジの方が戦績は良いんだろう。
何か言えない秘密があって、その理由があるから、訓練をしなかったんじゃないか。」

確かに、ケンスケの言うように、アスカよりもシンジの方が戦績は良かったので、シンジは反論出来なかった。
だが、次はシンジにも自信があった。誰に聞いてもおかしいと言っていた事だからだ。

「でも、僕達が戦っている時に、軍隊の支援が無かったんだよ。
エヴァだけで戦うよりも、軍隊と一緒に協力して戦う方が良いじゃないか。素人でも分かる理屈だよ。
だけど、父さんはそうしなかった。おかしいじゃないか。ケンスケは軍事マニアだろう。
だから、エヴァと軍隊が一緒に戦った方が良いって分かるだろう?」

「シンジ、お前は惣流に、その事を聞いた事はあるのか?」

「えっ、無いけど。」

「そうだろうな。実はな、シンジ。
ドイツ支部では、エヴァと軍との連携も訓練に組み込まれていたそうなんだ。」

「ええっ!でも、僕はそんな訓練を受けた事は無いよ。」

「ああ。惣流も、軍隊との共同作戦が何で無いのか、ずっと不思議だったらしいんだ。
でもな、ある時、やっと理由らしきものに気付いたそうなんだ。」

「理由なんてあるの?」

「理由は、幾つもあるけど、一番大きそうなのはお前だよ、シンジ。」

「ど、どうしてさ。」

「惣流が気付いたのは、トウジが大怪我をした時のことだそうだ。
シンジ、お前は人が傷付くのは嫌だと言ったそうじゃないか。
でもな、軍隊と共同作戦をとったら、必ず死人が出るんだ。お前はそれでも良いのか?」

「そ、そんなの、誰も死なないように気を付ければいいじゃないか。」

「そんなのは、理想論さ。いいか、シンジ。軍隊では、訓練だって人は死ぬ。
実戦なら、確実に死人が出るんだ。お前はそれに耐えられるのか。
惣流が乗ってきた艦隊では、実際に訓練なんかで、両手じゃ足りない位の人間が死んでいるんだぜ。」

「そ、そんなあ。」

シンジは真っ青になった。そんな話は誰からも聞いたことは無かったからだ。

「それに、連携が少しでも崩れると、エヴァが誤って誰かを殺してしまうかもしれない。
だから、エヴァが戦っている時は、周りは無人である方が都合が良いんだ。

だけど、シンジ。お前は味方の人が死ぬのは嫌だろう?
使徒の攻撃で死ぬかもしれないし、エヴァの攻撃が勢い余って殺すかもしれない。

もっとも、人間が消耗品で、少しくらい死んでもしょうがないって考える者にとっては、そうじゃないんだろうな。

でもな、1回の戦いで、遺族が百人単位で増えるんだぜ。それが現実なんだ。
その遺族に、いつクラスメートや同級生がなるか分からないんだ。お前はそれでも良いって言うのか。」

「よ、良くないよ。」

シンジの顔はさらに青くなった。

「良いか。俺は軍事マニアだが、軍人じゃない。
だから、使徒を倒すためには、人が死ぬのはやむを得ないとは思わない。シンジもその点は同じだろう。
だから、トウジが怪我をした時、凄く怒ったんだろう?」

「うん、そうだよ。」

「それが、惣流や綾波とお前やトウジとの違いさ。
惣流は、言っちゃ悪いが、敵を倒すためには人が死ぬ事は、やむを得ないと思っている。
おそらく、綾波もそうだったと思う。
でもな、お前やトウジは違うだろう。その違いは分かるか。」

「ううん、分からないや。なんだろう。」

「それは、覚悟の違いさ。大勢の人の生命を守るには、多少の犠牲はしょうがないっていうな。
だがな、シンジ。覚悟があれば良いってもんじゃないぞ。
惣流や綾波は違うと思うが、その覚悟って奴は、時として変な方向に行くことがあるんだ。
それも、他人に苦痛を押しつけることがな。

20世紀の半ばに、日本は世界を相手に戦争した事は知ってるよな。
その時、軍人達は、敵に降伏したら拷問されて殺されるだろうって言って、
その考えを民間人にまで押しつけて、敗戦間際に大勢の人を殺したらしいんだ。」

「そ、そんな酷いことがあったなんて。」

「まあ、軍人が全員酷い事をするとは思わないが、覚悟っていうのは、
自分を犠牲にする時にはおそらく正しいものなんだろうけど、他人を犠牲にする時も使われることがある。

だけど、それは自己満足にすぎない。
惣流や綾波みたいに、自分の犠牲をも厭わないっていう前提があって、初めてその覚悟は正しいと言えるかもしれない。
でも、他人だけを犠牲にするのには、覚悟はいらない。小さな悪意があれば十分なんだ。

前にテレビでやっていたけど、こんなことがあったんだ。
自分の全財産を奪われて、犯人に返して欲しければ他人の息子を殺すようにと脅された男がいたんだ。
その男は、犯人に言われた通り、他人の息子を殺したんだけど、
その男が言うには、他人の息子を殺すのには、物凄い覚悟をしたって言うんだ。

俺はそれを聞いて笑ったよ。バカじゃないかって。
本人はそのつもりかもしれないけど、第三者から見ると、滑稽に見えるよ。
そいつは、家族の生活を守るためだって言ってたんだけど、
そんなの、金が欲しいから強盗して人を殺す奴と同じ理屈じゃないか。
そんなの、覚悟なんて言わないよな。狂ってるとしか思えないよ。」

「そ、そうだね。犯人も酷いけど、その人も酷いよ。
残された家族がどうなるのか、考えなかったのかな。
特に、子供を犠牲にするなんて、人間のする事じゃないよ。
それに、全財産を取られる方もうっかりしてるよ。」

シンジは、ふと加持の言葉を思い出した。加持は、
『碇司令は、シンジ君とアスカのどちらかが必ず死ぬと分かったとしたら、必ずアスカの方を先に助けるだろう。』
と言った。

その時は嫌な感じがしたが、今、やっとその意味が分かった。
他人を切り捨てるのは、誰でも出来る、安直な方法なのだ。
言わば幼稚園児でさえ出来る、簡単な事なのだ。
だが、身内を先に切り捨てることは、誰しも嫌がるだろう。

だとしたら、どうするか。そういう事態にならないように、先手を打つべきなのだ。
他人の息子を殺した男も、全財産を取られないように、用心すべきだったのだ。
それを怠ったツケを他人に回すなど、言語道断なのだ。

ゲンドウは、他人を切り捨てる安直な方法はとらずに、
必死にそうならないような方法を見付けるような人間だと加持は言いたかったのだろう。
そのことが、ようやく分かってきたのだ。

「おっと、話が脱線しちゃったな。
惣流や綾波もそうだけど、軍人になると、やっぱり、人の死に対して、一般人と感覚が違ってくるのは間違いない。
そりゃあ、そうだ。人が死んだからって言って泣いていたら、次は自分が殺されるんだ。
だから、必然的に人の死に対して、一般人とは感覚がずれるし、多少の犠牲はやむを得ないと考えがちだ。

それ自体はしょうがないと思う。
だがな、一旦ずれた感覚は中々元に戻らないし、場合によっては、
さっき言ったように、敵以外の人間にも牙を剥くこともあるんだ。
エヴァンゲリオンのパイロットがそうなったら恐ろしいよな。

特に心の弱い人間ほど、危ないらしい。
過剰防衛って言うのが良いのかどうか、わからないけど、敵に攻撃されるかもしれないって思って、
必要以上に他人を攻撃しかねないんだそうだ。

だから、シンジが軍人と一緒に戦っていたら、そうなる危険性があったと思う。
大丈夫だろうと思う人もいるかもしれないが、司令の考えは違ったっていうことだ。

もし、ネルフの幹部連中に軍事マニアがいたら、強力な軍隊とエヴァとで共同作戦を行っていたはずだ。
そして、シンジはもっと楽に戦えたと思う。
だが、その見返りに、大勢の軍人が死んでいたことだろう。
中には、シンジのヘマで死ぬ人も出たと思う。その方が良かったのか?」

「よ、良くないよ。」

「それでこそシンジだよ。
おそらく、シンジがそういう奴じゃなかったら、司令は軍隊との共同作戦を行ったと思う。
そして、大勢の人間が死んでいたはずだ。

百歩譲って、彼らはしょうがないと思ってくれるかもしれないが、その家族はどう思う?
使徒に殺されるならしょうがないと思ってくれるだろうけど、トウジみたいな奴がいるかもしれないんだぜ。

でも、良かったよ、シンジが軍事マニアじゃなくて。
俺が言うのも変だが、マニアって、どうしても戦闘機や空母やらの格好良さに目が行って、影の部分には目が行かないんだ。

もし、俺がシンジだったら、少しでも楽に戦いたいから、強力な軍隊を作りましょうって、言っていたと思う。
そして、色々と新兵器を作りましょうって言って、戦闘の度にそれを試して喜ぶんだ。
その行動が、無数の死体の上に成り立っているっていうことを知らずにね。

でも、いつかは気付くんだ。そして、罪悪感に襲われるんだ。だって、そうじゃないか。
自分が少しでも楽に戦いたいからっていう理由で大勢の人を殺すんだぜ。普通の神経じゃ耐えられないよ。

それに、良く考えたら、自分がヘマをやったら誰かが死ぬかもしれないって思ったら、
自由に動けないじゃないか。そしたら、本末転倒だよ。

あの惣流だって、誰も死なないようになんて考えて戦うなんて、絶対に無理だって言ってたんだぜ。
もし、そんな事を考えて戦ったら、自分が死んでしまうってな。

惣流は、多少の犠牲はしょうがないって思っていたそうだけど、親のいない子を作りたくなかったから、
あえて軍隊との共同作戦を行うという進言はしなかったって言うし、
ミサトさんにその手の相談を受けた時も、否定的な答をしたそうだ。」

「そうか・・・。」

シンジは、アスカが良く素直に言ったなと思った。
以前のアスカなら、『軍隊なんて、邪魔よ。使徒なんて、アタシ一人で十分よっ!』なんて言いそうだからだ。

「俺の誤解かもしれないが、シンジのお父さんは、他人を犠牲にすることを良しとは考えていないんじゃないか。
もしそうだったら、人海戦術で軍隊をぶつけるぜ。
そうしなかったのは、シンジと同じで気が弱いのか、それとも立派な人だからか、
他に理由があるからなのかは分からないけれどな。

それに、シンジのことは、大切に思っているんじゃないかな。
仮に、使徒に勝ったとしても、シンジのせいで死人が大勢出れば、シンジの心には傷が付くだろう。
それを考えたんじゃないかな。それでも、司令のことが信用出来ないのか?」

「いや・・・。何となく分かって来たよ。あははっ、僕って本当にしょうがないよね。
人を傷つけたくないなんて言いながら、一方で、大勢の人が死ぬようなことをして欲しいなんて思うんだもの。」

「そりゃあ、しょうがないさ。だって、俺だってそんな事に気付かなかったんだぜ。
シンジに分かるはずが無いよ。だが、問題は気付いた後だよ。
さっきの話と今回の作戦は矛盾しているかもしれないけど、本質的に違うってわかるよな。」

「うん、何となくわかるよ。使徒との戦いでは、あえて軍隊と共同作戦を行う必要は無かったけど、
今回の相手は人間だから、そうは言っていられないんでしょ。」

「そうだ。相手が人間だって言うことが大きいな。
でも、確実に言えるのは、使徒との戦いでは、人間を死なせる必要は無かったが、
今回は、同じ事を言っていると大切な人が死んでしまう可能性があるっていうことだ。」

「ああ、何となく分かるよ。誰の差し金かもね。」

おそらく、ケンスケはアスカに言われてこんな話をしたのだろう。

「あのなあ。お前を心配しているんじゃないか。」

「うん、分かっているよ。」

シンジは、アスカの心遣いが嬉しかった。そして、アスカの言いたい事も何となく分かっていた。

戦争には死が付きまとうものだと言う事。
だからと言って、簡単に人間を殺したり、切り捨てたりして良いものではないという事。
でも、やらなければならない時があり、今がその時だと言う事

「ケンスケ、有り難う。気を遣わせちゃって。お蔭で、胸のつかえが取れたような気がするよ。」

「良いさ、友達だろう。」

ケンスケはニコリと笑った。




次話に続く


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あとがき


 今回は、シンジとケンスケのやり取りだけです。ゲンドウを庇うような内容になってい
ますが、最近ゲンドウ断罪物のSSを数多く見た反動かもしれません。冷静に考えてみる
と、ゲンドウの行動の大半はやむを得ないものだったんですね。
 訓練をしなかったのも、おそらく初号機の覚醒を促すためだったと思われます。初号機
がアスカみたいな動きをしたら、初戦で暴走しない可能性が高いですし。
 軍隊との連携も無くて当然ですよね。パイロットが子供では、戦いの度に味方に死人が
出るのに耐えられないでしょうし。レイやアスカは大丈夫としても、シンジは無理でしょ
うね。もちろん、トウジも。エヴァでなくて、ウルトラマンだったら、墜落しても超能力
で助けてもらえるんでしょうけどね。


written by red-x

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